空に関わるもの15題

□11:星が囁く夜
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11:星が囁く夜


 夜風が頬を擽る。
 さやけく草の音以外はしんと静まり返る中に一つ、靴音が聞こえる。
「…紅槻?」
 頷いた気がした。
「絶霞は?」
「少し前に、出掛けたみたい」
「あ、そ」
 溜息をついて彼女の隣に断りもなく腰を下ろす。
「探してたの?」
「んー」
「逃げられたの」
「まあ、そういう事にしといて」
 再び嘆息すると紅槻は草はらにに寝転んだ。何か困った事があると仰向けに寝転ぶのが彼の癖らしい。
 彼女も、紅槻を見習ってぼんやりとしか映らない空を見上げてみる。
「今日は、空が明るいね」
「…星が、出てるからな」
「月が出ないのに?」
「朔だからじゃないか?」
 怪訝な顔で彼女の横顔を見るが、満天の星空に物足らなそうな瞳を向けている。
 初めて意識して空を見た時。その時の満月の印象が色濃いようだ。
「月が欲しいのか?」
「……あと半月待つから、いらない」
「本当かよ」
「本当なの。…もー、欲しくなるからあんまり言わないでよ」
 膝を抱き、顔を埋める。泣きそうな顔を見られたくないから。
 ―――欲しいのか。
 欲しいなら欲しいと言えばいいのに。全くこいつは素直じゃない。
 眇めてから代用品に思いをめぐらす。本当に月を持ってきたら超人か変人だ。
 何度目かの溜息をついて紅槻は身体を起こした。
「……無い幸せも逃げるんだから」
「煩い」
 立ち上がると何処へとも無く歩を進める。何をしに来たのか分かったものじゃない。
 頬を膨らましてから、風の音ではっと気がつく。
「あ…、待って紅槻。そっちは地面の落差が……」
 言い終える前に盛大に滑り落ちた音が聞こえた。
「先に言えッ!!」
「言ってあげたら落ちたんでしょっ!?」
「嘘つけ!同時だった!!」
「横暴!」
 言ってはみたものの、やはり心配で足元を確かめながら彼の転落場所へ向かう。
「―――……大丈夫?」
「…大した事無い」
 ほっとして息をつく。
「遙」
「なに?」
「手、貸せよ。登れないから」
「…うん」
 支えきれないと分かっていて伸ばした手が、強く引っ張られる。
 一瞬空中に投げ出されてから紅槻を下にして地に落ちる。
それ程の高さでもなかったが、遙は彼の胸倉に掴みかかった。
「信っじられない。なにするの」
 折角星空というものを見ていたかったのに、いい迷惑だ。被害拡大だ。
「紅槻が登れないんじゃ、戻れないじゃないのっ。謝りなさい。紅槻のばーか」
 悪口雑言を叩くが、彼女が言うとなんの迫力も感じない。呆気に取られた紅槻も破願した。
「くくく……、はは。あーっははは」
「おかしくないっ!」
 珍しく笑ってるのに月がなくて見えやしない。
 首筋を伝いながら頬に手を伸ばし、両の手で思い切り引っ張る。
「―――つつ。痛い。離して、どけ。重い」
 まだ笑いの余韻が残ったままに紅槻は頭の向こうを指差した。
「…?」
「月だ」
 指の示す方向に、ぼんやりと青白く光るものが見える。暗い闇に凛然と輝くそれに引かれるように進む遙の後を、微笑を浮かべ、追う。
「…花?」
 輪郭の取れる位置まで顔を近付けて問う。
 青白く、包み込むように発光するそれは、さながら―――……。
「月、ね。優しい色……」
「欲しいもの、手に入ったか?」
「うん。…でも、まだあるから」
「欲張りな奴…」
「口に出さない紅槻よりは少ない」
「どーだか」
 月を眺める二人の上で、流れ星が一つ瞬いた。











「あ、願い事しておこうかな」
「…それは流れ星だ」


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