空に関わるもの15題

□13:眩しい太陽を見つめることが出来ずに
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 ―――それは伝説の宝具。
 誰もが欲して止まなかったという所在不明の鍵。
「手に入れられれば、この世におわすと言われる全能の神に替わり、この世界を支配できる。地の果ての賢者、空の向こうの強者にも負けず劣らない能力をその身に宿す事が出来る」
 名を馳せる叙事詩のように、彼女の口から伝説は紡がれる。
「その者が願ったものを具現化できる……」
 今では探す術も、探す者も失われた。
 伝説が、伝説になり、物語は失われていく。
「聞いたことがある。だが、それはもう、失われた伝説だ」
「ねぇ、願いが叶うなら、お饅頭食べ放題だとか、最高だと思わない?」
 ふと、人前では堅苦しい表情しかしない気難しい男が、笑った。
「―――失われてない。私は、『風琴の羅針盤』。鍵を示す、鍵の為の存在」
 微かに目を見開く男の表情の変化をさも面白げに彼女は伺う。
 伝説の鍵を指し示すという『風琴の羅針盤』は、遠い昔鍵を手に入れる為に大勢の者が奪い合ったという。
「…君が?」
 肯定するように微笑を浮かべると、彼女は立ち上がった。
 髪を纏めた紺の布が風にはためく。
「『風琴の羅針盤』が現れ、鍵の在処を指し示す。伝説は、物語から現実へと姿を変える」
 それは夢の続きか、虚言の成せる業か。
「渇望して止まない者たちが行く手を阻むだろう。同様に、彼の者もその心を試される。その身を焼き尽くされ、転生すら叶わない身にされ、なお求めようとするのか」
 吹き乱れる風が、さながら雅楽の音のように語り手に彩りを添える。
 一瞬、微笑を浮かべ、瞳を流す。
「光集う扉の奥に願う物はあるだろう」
 それは予言だ。
 そして、―――真実。
「欲しかったら私を連れていってね、」
 微笑みが朝焼けに照らされる。
 光を背にした男の顔は見えなかったが、彼女は満足げに身を翻した。



 それも遠い昔。

 ―――予言は風に流される。
 『風琴の羅針盤』しか知らない鍵の行方。
 かの男の応えも、今は彼女しか知り得ない。



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