朝は深い霧に覆われ、昼は行く路(みち)すらない、湖上の城のお姫さま
大切な宝物を隠すように、決して手など届かないように
届いてしまっても、触れる前に腕がぽろりと落っこちてしまうように
鳥のような、豹のような、鰐のような、屈強なものたちがその城をずーっとずっと守っていました
美しい宝物がヒトの手なんかに触れないように
美しい宝物をヒトが穢してなんかしまわぬように
永劫にも近い永遠、その宝物は守られてきたのです
その宝物は財宝で表すのも口惜しい、言うなれば金銀すら届かぬ価値であると。従者たちは主によく言い含めらておりました
ですがそのお姫さまが心を傾けたのは、
ああ、なんということでしょう!
絶対に触れないように、触れさせないようにしてきた"ヒト"だったのです
お姫さまの気持ちとはウラハラ
従者たちはお姫さまと会わせないように、お城にちょっかいを出して来るヒトを一生懸命に追い払っていました
その間にもお姫さまの気持ちは募るばかり
はやく、わたしのおしろにきてくれないかしら!
そんな生活が続いたある日、彼女はしびれを切らして言いました
どうして私と同じ姿をしたものは、誰も遊びに来てくれないのでしょうか
彼女の退屈を紛らわしてくれるのはいつも異形のカタチをしたもの
城の中には一個たりとも彼女と同じ姿をしたものはいませんでした
しっとりと淡く色付く白銀(しろがね)の長い髪も、
夜を映した昏くあどけない瞳も、
肢体から細くのびる珊瑚の手足も、
可憐に色付く陶器の肌も
誰一人として持っているモノはいませんでした
お姫さまは思いました
このお城にいる子たちがみんなヘンなカタチだからいけないのでしょうか
お城にいる従者たちはみなお姫さまとは違うカタチ
尖った牙を、柔らかな手から覗く鋭い爪を、頼もしい大きな羽を
余分に出っ張ったところを全部平(たい)らにしてしまいました
大きすぎるものは、削って同じくらいに
代わりに帽子や外套(コート)、ローブやガウン
剥き出しでは寒いだろうからと背伸びをして与えてあげました
抱き上げてくれる大きな腕も、ひょこひょこと動く可憐な耳も、柱に隠れきれない角も、
もうありませんが、お姫さまはそれでよかったのです
だってこれでお姫さまと同じカタチをしたモノがやってくるのですから!
そうして期待に満ちた胸をわくわくさせてじっと待っていると、絵画の中でしか見たことが無かったカタチのものがやってきました
ついにお姫さまは自分と同じカタチをしたモノと会えたのです!
従者だちがなにか言っているのが聞こえましたが、意味までは聞きとれません
それよりもやっと叶った対面の奇跡を祝おうと、
腕を伸ばした、瞬間
お姫さまは驚きました
どうしたことでしょう
お姫さまと同じカタチをしたソレは、
抱き締めたら壊れてしまったのです!
お姫さまは首を傾げます
柔らかで温かく、とろとろとしとしとと零れる紅に叶わなかった親愛の口付けを、
共に喜び会うことができなくなった肢体に改めて優しい抱擁を、
どうしてコレはくたりと力が抜けたのだろう?
どうしてはしたない液体を垂らしながら目を見開いているのだろう?
疑問の晴れないままに次のカタチに手を伸ばします
そう、
コレはきっと脆過ぎた
ヒトはもっと頑丈であるはず
だって私はこんなことでは壊れないんですもの!
次のアレはちゃんとヒトであるのかもしれない
手を伸ばしますが、ヒトは蜘蛛の子を散らすようにさっと後ずさってしまいました
こちらを窺いながら追いかけられる速度で逃げていくヒトを、お姫さまは追いかけます
見知った自分のお城を、未知の迷宮のように駆けていきます
長い永い追いかけっこ
どこにいるのか分からないくらい、翻弄されたことも
もう少しで触れられるくらい、近付いたこともありました
けれども再会の喜びを共にすることはなく、追いかけっこの途中、お姫さまは足を滑らせて天辺から湖に
焦がれた相手を漆黒の瞳に映しながら、ゆっくりと落下していったのでした
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