BASARA

□SS
15ページ/29ページ

《ふらり》


どうやら飲み過ぎてしまったようだ。
信長公も人が悪い。
彼は私が酒に弱いと知っているはずなのに。

冷たい風に当たれば少しは気分も良くなるかと思って外に出た。
宴会場のざわざわとした声が遠くなる。
蘭丸のはしゃぎ声が時折聞こえてくるが、あれは子供だから声が高いのは仕方ない。
耳障りなことに変わりはないが。


「……ふう」


体の内側から火照っているような感じがする。
血に酔ったときと似ているが、これは頭痛を伴うから質が悪い。
第一、全然愉しくない。

この地には何度か来たことがあったから眺めも見慣れたものだ。
微かに聞こえてくる楽の音が頭上高くに出ている満月によく合う。


「……光秀」

「おや」


不機嫌そうな声が背中にかかる。
振り向けば今や主の正室である同郷の従妹が立っていた。
名前を呼ばれて胸が高鳴るというような初初しさはもうないが、やはり心に思う所がなくもない。


「……勝手に宴会を抜け出すなと、いつも言われているでしょう?」

「気分が悪かったものですから」

「そうなるまで飲まなければいいのよ」


彼女の髪にはいつもより多くの装飾がついていた。
ただし多くと言ってもよく見なければ気が付かない程度だ。
しかし気付いたところで彼女がそれに気付いて欲しい人物は一人だけだろうから意味がなかったりもする。


「さあ、戻るわよ」

「まだ少し、ふらふらするんですが」

「あなたが揺れているのはいつものことじゃない。
よく、海月みたいになってるわよ」


なかなかに毒舌なことを言う。
いつもより言葉に刺があるのは苛立ちからか。
言われてつうっと背筋に快感が走るがこれは隠す。
この性癖は彼女の前でだけは出したくない。

仕方なく歩き出そうとしたが視界が揺れた。
連動して足元も揺れる。

思わず前方に倒れ込むと小さな悲鳴が上がった。


「きゃっ」

「っと!」


布地の感触に焦りを覚える。何か柔らかいものが当たっているのは出来れば気のせいであって欲しい。
自分の鼓動と火照った体と、気分の悪さの原因だった胸元でぐるぐるしていたものが混ざって思考が停止しそうになった。
とりあえず、熱い。


「は、早く退きなさい!」

「はっ、はい」


らしくもなく動揺してしまった自分に驚く。
向こうも多分に動揺しているらしい。
声が震えている。
何か言おうと思ったが、どさくさに紛れて襲ったりはしませんからそんな目をしないでくださいとはさすがに言えない。

体勢を立て直そうとした瞬間、宴会場の方から銃声が上がった。
天井に向かって放たれた弾丸のせいで宙に埃が舞っている。
宴会場の中央には仁王立ちの信長公。
この一見しただけでは誤解を与えるような姿を見られてしまったらしい。


「非常にまずい、ですね……」


間が悪いとはこのことを言うのだろう。

これだから酒は嫌なのだ。












‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

こんなドンマイなことになるはずでは
次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ