BASARA

□SS
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《花》


ひらり、蝶が飛んでいく。

優しい風は春のものだ。
辺り一面には白い花が咲き乱れている。


「あなたは一体、どの花にとまるんでしょうね」

「それは…どういう意味?」


帰蝶の顔立ちにはまだあどけなさが残っていた。
まだ熟す前の果実のような初初しさ。


「そのままの意味ですよ」

「ちゃんと教えてよ」


少し怒ったふうに髪の毛を引っ張られて光秀は軽く笑った。


「痛いですよ」

「あなたって、いつもそうやって笑ってばかりじゃない。もうごまかされたりしないわ」


言われても光秀はただ笑っていた。
肩にようやく届くくらいの長さの銀髪が風に舞う。


「私がずっと真顔だったらおかしいでしょう」

「おかしくないわよ」


だから、ねえ、教えてちょうだい?

ムキになったようにそう繰り返す帰蝶に光秀は苦笑した。


「わかりましたよ、でも怒らないでくださいね」

「何よ、それ」


二人の視線はまだ同じ高さにあった。
帰蝶は光秀の目を見つめると唇を尖らせた。
白い花が歌うようにざわざわと揺れている。


「あなたは一体どこへ嫁いでしまうのかと、そう思ったのですよ」

「えっ」


子鹿のような黒い瞳が大きく見開かれた。


「そんなの…考えたこともなかったわ」


着ていた薄紅色の着物の袖をぎゅっと握り締めて呟く。
光秀の表情は変化がよくわからなかったが、声は別だった。


「あなたがいなくなってしまったら…寂しくなりますね」

「でも、私…これからのことはわからないけれど、今はまだあなたと一緒にいるわ」


袖から手を離すと帰蝶は光秀の手を取った。
光秀が思っていたよりもずっと強い力だった。


「だからそんな顔をしないでちょうだい」


そこにあったのは優しくて甘い、花の蜜のような笑顔だった。
その笑顔が今光秀だけに向けられている。
つられるように光秀も笑ったが、心の中では切ない思いでいっぱいだった。

なぜならいずれその笑みは他の誰かだけのものになるのだろうから。







…蝶に桔梗は似合わない。







‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

最後の一文は完全な思い付きです。
桔梗の花って蜜あるんだろうか。
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