BASARA
□毛長
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《夢現》
(※3毛利青ベース)
長曾我部が、一月程前から酒に溺れ始めたらしい。
一月前といえば丁度徳川を討った頃である。駒共に調べさせたところによれば、毎夜毎夜自室に大量の酒を運ばせては独りで飲んでいるらしい。時折呻き声とも泣き声ともつかぬ低い声が聞こえる、という報告も受けた。あの男の事だ、大方押し殺した声で泣いているのだろう。
「今宵もまた、飽きもせずに一人酒か」
「毛利…ッ!テメェ、何の用だ」
ある晩何の前触れもなく奴の部屋を訪ねれば、奴は獣のように警戒心を剥き出しにした。金の目が爛々と光り、唸り声でも聞こえてきそうな風情であった。
「そう身構えるな。我もたまには貴様と酒でも飲んでみようと思うたのよ」
「アンタが?」
「貴様とはいろいろあったがそれらは全て過去の事。馴れ合いは好かぬが、同じ西軍の将となった今、貴様との不仲も解消しておかねば戦に障りがあろう」
「……ケッ、好きにしな」
初めこそ沈黙を保っていた長曾我部だが、元からの話好きな性格と、酒が入ってきたのとで、やがてぽつりぽつりと話を始めた。よく耳を澄まさなければ聞こえない程の小さな声であったが、感情が高まるにつれてそれは次第に嗚咽混じりの大声となっていった。
「……もう俺は、俺は何を信じたらいいのかわからねぇ。家康は……あいつは本当に良い奴だったんだ!!それがどうしてあんな、卑怯なやり方で、俺との約束を踏み躙るような事を平気で……ッ!!」
「そうか、貴様はずっと辛かったのだな」
「辛い?ああ、そうだよ、辛いに決まってんだろ!!しかも毎晩毎晩、あいつが夢枕に立つんだ。何も言わずにずっと俺の顔を見てやがる。だからその度に俺は言ってやるんだ、お前が先に変わっちまったんだろってな。だがあいつは悲しげな顔で首を横に振るんだ。まるで俺が間違ってるとでも言いたげにな!!もう、俺は……俺はどうすりゃいいんだよ畜生ッ!!」
長々とした口上を一気にまくし立てると奴は徳利の酒を直に飲み干した。口に入り切らなかった分が口元を伝って流れ落ち奴の着物を濡らした。
「だから俺はもう、こいつなしじゃ眠れなくなっちまったんだ。寝ればあいつの顔を見なきゃならねぇと思うと、布団に入るのが怖くてたまらねぇ。こんなことばっかしてりゃ、いつか体壊すなんてわかりきってんのによ」
このまま行けば、体より先に心が壊れるのであろうなと思ったが口には出さなかった。我の仕組んだ策は、予想以上の効果で奴の心身を蝕んでいるようだ。
そして弱っている人間には付け入る隙が幾らでも出来る。
我はそれを待っていた。
「……忘れたいか、徳川を」
「ああん?」
「貴様の心に、徳川の存在が深く刻み込まれているからそのような夢を見るのであろう」
「……何が言いてぇんだ」
「今夜一晩、我が酒の代わりとなってやろうかという意味よ」
怪訝そうな顔の長曾我部の手をぐいと引っ張り、奴の意識が体に追い付く前に唇を重ね合わせた。今まで幾度も頭の中で繰り返していた動きを、我の体は忠実に実行した。
「!」
「気を紛らわせ、ほんの一時でも奴を忘れるために酒を飲んでいるのであろう?ならば、他の物で気を紛らわせられれば酒を飲む必要もなくなるという事ぞ」
我はそのままの勢いで長曾我部を押し倒した。奴は驚きの余り抵抗するのも忘れて我の顔を見つめていた。奴の心臓の脈打つ音が聞こえて来そうだった。
「アンタ、何、考えて……」
「知りたいか」
もう一度口を吸ってやれば奴の体は少女のように震えた。そして酒の匂い。腰の辺りをゆっくりと撫でてから、着物の裾を割ろうと下肢に手を伸ばしたところで奴は漸く事態を把握したようだった。
「毛利!」
「やめて欲しいか?今宵も酒の力を借りて眠る方が良いのならば我は構わぬ」
「だ、だからって」
「どちらがよいか、偽り無き気持ちを申してみよ」
長曾我部は人の温もりがなければ生きられぬ男だ。
だから奴の出す答えは聞く前からわかりきっていた。
奴は孤独に耐えられない。それを知っていたからこそこの策を立てたのだ。
「っ……」
「さあ、二つに一つぞ」
後はただ待つだけだった。もどかしい思いを悟られぬように無表情を保ちながら我は奴が答えるのを待った。
「俺、は……っ」
「どうなのだ」
「……今晩だけ、なら……」
長い長い沈黙の後に一言呟くと、奴は恥ずかしげに目を伏せて全身の力を抜いた。
「案ずるな、全て我に任せておけば良い」
甘く囁いて赤い頬に口付けを落とす。酒で火照った肌がさらに赤味を増していくのが薄明かりの下でもよくわかった。
「もう、り……っ」
軽く揺すってやるだけでしがみついてくる男が堪らなく愛しかった。泥酔した後そのまま寝るつもりだったのだろう、既に敷いてあった布団の上で我は奴を抱いていた。
「あ、はぁっ……」
抱いてしまえば奴は別人のように大人しかった。戯れに胸の頂に口付けてみても、奴は咎めるような目をしながらも何も云いはしなかった。
「感じるか」
「いいや……っ、ぁ」
強く吸えば軽く身じろぎをする。揺さぶりながら執拗にそこを責め続けてやれば微かな吐息はやがて悲鳴へと変わった。
「もうりっ」
「どうした、ここに触れても何でもないのであろう」
意地悪く言ってやってから涙の味がする頬に口付けた。こんなにも弱々しい顔をする生き物であったのかと思うと、一層愛しさが募った。親交の深かったという徳川も長曾我部のこのような姿を見たことはないに違いない。今この男は我だけのものなのだ。
「……嘘など吐くからこのような目に遭うのだぞ、長曾我部よ」
「っ、あぁ!」
しがみつく手に力が入る。なぜか徳川の面影が脳裏にちらちらと浮かんだ。その面影は我を哀れむような顔をしていた。死んだ者はそこで終わり、生き残った方が勝ちなのだ。だというのに徳川は、長曾我部が言っていたのと同じように悲しげな目で我を見ていた。
「あぁっ、もうり……」
頭を振る。あれは幻覚だ。この男の親友であった徳川はもうこの世にはいないのだ。
長曾我部の見ている質の悪い悪夢が我の頭の中にまで侵食してきたようだった。
それとも此方が夢なのだろうか。
この背中に食い込む爪も熱も吐く息も途切れ途切れの声も、我が狂おしい程に焦がれ今ようやく手に入れた全てが夢だと。
「どう、した…?」
「気にするな」
「あっ…あ、うあぁ…っ」
長曾我部の身体が一瞬強張ったと思うと、腕やら足やらが糸の切れた操り人形のように崩れ落ちた。次いでびくりと小さく腰が跳ねる。我もまた中で達したせいだ。
「は、はぁっ、あ…」
熱に浮かされたような瞳がゆっくりと閉じられ、さらに手のひらがその上を覆った。
「どうだ……眠れそうか」
「ああ、たぶん……」
終わってしまった行為の余韻に浸るように軽く唇に口付けて身体を起こす。未だ醒めぬ夢の中にいるようだった。
「毛利ぃ……」
「何だ」
「……また、よう」
「来て欲しいのか」
「……」
返事はせずに、顔に被さっていない方の手の甲を吸ってやった。ぴくりと身動きをする男を残して、身支度を整え部屋を出る。
後ろ手で襖を閉めながら、夢の中で死んだ親友の名を呟く男の声が聞こえたような気がした。
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毛利→アニキ→家康な感じを出そうとしたらこんなことに…あ、アニキ→家康は友情的な方です。