みりあん!(仮)

□U 新たな出会い
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「あれが食堂」

アランは手の甲で額の汗を拭いながら、中庭の池に程近い場所にある白い教会のような作りの建物を指す。
日が強く照り始め、さっきまでの澄んだ早朝の空気は、朝日に温められてにわかに体感温度を上昇させる。


通気のために開け放された重そうなドアから入ると、僕はその光景に圧巻された。

高い天井、縦長の窓から溢れる光。
ひんやりした空気。
部屋の奥行きに沿って並べられた、雄に数百人分は一度に擁することができるであろう、頑強な作りの長テーブルと規則正しく並ぶ大量の椅子、椅子、椅子。
数えてみると、全部で12列あった。
全ての席が埋まる様子を想像して、僕は身震いした。


「けっこうすごいだろ?」

アランは得意げに頭をかきながら、奥の方へと進む。
最奥には教職員用と思われる席が、横一列に並んでいた。生徒用の画一的な椅子とは違い、それぞれ個性的な形。

例えばおよそ食堂に似つかわしくない真紅のベルベット張りの、派手なラブチェア。

「食堂にラブチェア?」

僕は疑問に思ってアランに問い掛ける。

「あぁ、あれはシェンゲル夫婦の席だよ。
一昨年学校に初めて女の先生が来て、しかもものすごい美人で大騒ぎだったのに、次の年にブサイクな婚約者を連れてきてさ。みんながっかりだったよ。
二人でフランス語を担当してる。授業はけっこう面白い」

「へぇ〜」


その隣には、みるからに素人の手による不格好な木製の椅子がある。

「あれは?」

「あれは哲学のおじいちゃん。
すごい変人で、なんでも自分で作ろうとするんだ。
いつも快楽がなんとか、とか難しいこと言ってる」

「へぇ…」

しかめっつらの気難しい老人が自分で一生懸命椅子を組み立ててる姿を想像して、ちょっと笑いそうになった。

「来週になったら先生達が戻ってくるから、そのときにまた紹介するよ」

「わかった」



視線を右の方にやると、長いテーブルの端っこに十数人が小さなグループを作って卓を囲んでいる。

その中に、校長先生の顔を見つけた。
楽しげに数人の生徒と議論を交わしている。
ふと先生と目が遭うと、先生はいったん話を中断し僕達に手を振った。

一斉に注がれる、視線。
僕の一瞬の緊張を察したのか、先生はすかさず僕をみんなに紹介した。

「彼はミリアンだ。来月から君達と授業を受けることになる」

「よろしく」

視線に圧倒されながら僕はぎこちなく笑顔を浮かべると、あちらこちらから笑顔を返された。


「君がアランの幼なじみか」

一人のガタイの良い長身の生徒が立ち上がって僕に手を差し出すと、僕は握手に応じた。

「マークだ。アランには君の話を聞いてる。よろしく。」

ぎゅ、と強く男らしい握手。もう片方の手を僕の肩に寄せ、左右の頬に三回、頬をあてて挨拶してきた。
僕はなんとか戸惑いを隠しながら「よろしく」、と手をいつもより強く握り返した。

短く刈られた金の頭髪と高い額、青い瞳。
しっかりした体付きに少し挑発的にも見える誇り高い表情。
父によく商談を持ち掛けていたオランダ商人を、なんとなく思い浮かべた。


「マークばっかりずるいよ〜」

フリルをあしらった派手なシャツを身につけた、跳ねた毛先が印象的な生徒が歩み寄ってきた。
鼻にかかった語尾は、明らかなパリ訛りだ。
僕は懐かしくて思わずこう聞いてしまった。

「君はフランス人?」

「Oui. Et toi?」

「Oui」

同郷人と会話できたことがよほど嬉しかったのか、彼はニッと表情を崩して、懐かしい故郷の言葉で「アドリアンだ」と名乗った。
握手の手はひんやりと冷たく、華奢だった。

「アランは何ヶ月も前からずっと君の話ばっかりしててさ〜。いやんなっちゃうよ」

ね?とアドリアンはアランに振り向く。
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