みりあん!(仮)
□V 夢
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黄金の夕景に浮かび上がる黒いシルエット。
グランドピアノだった。
鍵盤の前で俯く人影。
近寄ると、人物の肩が微かに震えているのがわかる。
僕はためらって、声を掛けられずにいた。
人物は僕の存在に気付いていないようだ。
彼は一度大きく息を吸い込むと、そのまま演奏に突入した。
華やかな旋律。
エテュードの1番だ。
繰り出されるアルペジオは力強かった…少し強すぎるくらいに。
ふと違和感が胸の内に広がった。
恐る恐る人物を見守り続けると、彼は肩を怒らせ怒涛の中盤に入った。
加速する旋律。
自制なく叩き出される分散和音は拡大し、空を真紅に染める。
冷たい風が、僕の体を駆け抜ける。
ぞわりと背中に鳥肌が立った刹那、人物は突然和音の途中で演奏を中止し、ゆっくりとこちらに振り向いた。
アドリアン、だった。
音楽室で見せた姿とは一変し、彼は怒りとも悲しみとも括れぬ苦痛の表情を浮かべていた。
瞳から流れる涙は頬を伝い、光る筋を描く。
固く噛み締めた下唇は色を失い、震えている。
アドリアン…
言葉を発するにも、声が出なかった。
彼は肩で息をし、憎々しげに口を開いた。
「 」
時間が止まる。
彼は確かに言葉を発したはずだ。でも、まるで聴覚を奪われたかのように、言葉は僕の耳に届かない。
僕は訳がわからず、手の震えが止まらなかった。
なぜ君は…
体が動かない。足が凍りついたまま、僕はその光景から目を逸らすことが出来なかった。
滲んだ瞳のまま、彼は口元を歪めた。強張った頬に、光の筋が新しく描き直される。
すると鍵盤に向き直り、旋律は再開された。
力の限り絞り出される感情が、旋律に吐き出される。
ピアノの陰が徐々に面積を増し、僕の足元を超え、地表に広がる。
髪を振り乱し、息を荒げ、アドリアンの演奏は留まることを知らない。
僕は意識が遠退くのを感じた。