みりあん!(仮)
□W 謎のバイオリン奏者
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突然の発見に呆然と立ち尽くしていると、何やら目的地はまだ先だったようで、モーツァルトは湖の方へ走って行った。
慌てて追うと、どこかから旋律が聞こえてきた。
バイオリン…?
音がする方角に向き直ると、その姿が視界に入った。
月明かりに浮かび上がる、漆黒の髪。
バイオリンを操る長い腕、広い背中。
聞いたことのない不思議な旋律はどこか物憂げでありながら、郷愁を誘う甘さを含んでいた。
演奏を中断してはいけないとの思いから、僕は物音を立てないように慎重にその場から後退しようとした。しかしその努力もむなしく、乾いた枝を踏み潰してしまった。
(うわぁ最悪だ…!)
「誰だ」
キッと鋭い視線。
黒髪の奏者は、バイオリンを下ろした。
月明かりで浮き彫りにされたシャープな顔立ちが、苛立ちに歪む。
「ご、ごめんなさい!」
僕は頭を下げてその場から後退しようとした。
が。
「音を立てないでくれ」
そしてひょいとバイオリンを持ち上げると中断した箇所から演奏を再開した。
これは聞けってことなのか?
その場に立ち止まったままでいると人物はこちらにチラリと振り向き、弓で切り株を指した。
「そこでいい」
「あ、はい…」
その横には既にモーツァルトが寝転がっていた。
静かに腰を下ろすと、人物は満足した様子で演奏を再開した。
(生徒…なのかな)
いや、そのはずはない。僕らと年が離れすぎているように見える。
素早い16連符のパッセージ。今までの曲調とは違った軽やかさが加わる。
何度か同じ箇所を弾き直すと、人物は苦しげに眉根を寄せ、溜息をついた。
細められる、髪と同じ色の瞳。
「もう朝か」
人物は空を見上げながらそう呟くとバイオリンを下ろす。そして弓を緩め、バイオリンをケースに仕舞って立ち去ろうとした。
僕は慌てて立ち上がり、後ろ姿に声を掛けた。
「あの、素敵な演奏をありがとうございました」
人物は振り向きざまに軽く頷き、立ち止まった。
沈黙。
僕はその空気に耐え切れず、思わずこう口走った。
「僕はミリアンと申します。この学校の生徒です。
…差し支えなければお名前だけ教えてください」
すると、人物は僕が来てから初めて表情を和らげた。
「明日また来い」
そして顔に掛かった髪を払うと、バイオリンケースを背負って森の中に消えて行った。