みりあん!(仮)
□X アランと出会った日
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(二人はまた後で会えるし、今急がなくてもいいよね。)
「ご飯食べた〜?」
アドリアンはにこやかに僕に振り向く。
「あ…」
そういえば昨日のお昼から何も食べてないんだったんだ。
お腹の音を聞いて、アドリアンはおかしそうにケラケラと笑った。
「もう食べちゃったけど付き合うよ」
***
昼食後、アランとマークと軽く立ち話をしてから僕達は音楽室に移動した。
自然と会話はフランス語で交わされるようになる。
「この暑さで運動なんて狂気の沙汰だよ」
「どういうこと?」
聞くと、アドリアンは決して運動が嫌いなわけではないらしい。秋から冬にかけてはマークのチームの助っ人をしたりする。
ただ、暑いのがどうしても耐えられないとか。
その割りにはスキンシップが多いような気がするけど…。
元からピアノが好きなこともあり、真夏でも涼しく快適に過ごせる音楽室は自然とアドリアンのお気に入りスポットになったそうだ。
「そういえば君はいつからピアノを弾いてるの?」
楽譜を取り出しながら、アドリアンは僕に尋ねる。
「あんまり覚えてないんだ…昔からずっと母さんのピアノを聞いてたから、自然に弾くようになったんだよね」
母さんのピアノ。
思えば、僕の記憶の中の母さんはいつも音楽と共にあった。
いつも仕事で忙しい父さんの隙間を、溢れんばかり優しい愛で包み込んでくれた。
母さんは病気が悪くなる前はたくさんのお弟子さんを抱えていて、居間に音楽と笑い声が絶えなかった。
「奇遇だね、僕も同じだよ」
アドリアンはニコっと笑った。
「聴いてみたいな、君のモーツァルト。弾いてみてよ」
そして差し出された楽譜を受け取り、僕は鍵盤に向った。
「しばらく弾いてないからちょっと練習してもいい?」
「どうぞ、急がなくていいからね」
アドリアンの言葉を受けて僕は頷き、軽くスケールをさらう。
鍵盤の感触を味わっていると、僕は初めてアランと出会ったときのことを思い出した。
シュナイゼル家は有名な古物商の家系で、アランの父エーリッヒは若くしてヨーロッパ随一の目利きとして名を成していた。
そのシュナイゼル家がパリに突然やってきたものだから、パリの人々はその話題で騒然としていた。
僕の母さんが開くサロンも例に漏れず、若きエーリッヒ=シュナイゼルの噂話が絶えなかった。
「どんな方なんでしょう?」
「お子様が一人いらっしゃるとか」
「奥様はとてもお美しい方だと伺っております」
夕食後すぐに眠くなってしまう僕は、アーノンに促され寝室に退いた。