庭球
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いきなりだけど、私の両親は景吾とのお付き合いにめちゃくちゃ賛成的、いやむしろうざいくらいに応援している。そう、例えるなら花より●子の主人公の両親の如く。俺様だけど人柄が良いというのもあるけど、やっぱり財閥の息子というのは魅力的らしい(ちなみに何だか恥ずかしくて景吾にうるさくてごめんと謝ったら、お前の親は俺の周りにいるような汚い連中とは違うって笑顔で言ってくれた。嬉しい)。まあとにかくそんな感じで大喜びな両親は、いわば景吾の味方だ。だから景吾が金曜日に「明日は土曜ですし、娘さんをうちで預かってもいいですか?」なんて言ったら喜んでどうぞー!的なノリで私を引き渡す。中学生なんだから駄目!とか聞いたことがない。
だけど、慣れって恐ろしいもので。今では全てを日常として受け入れている。私が順応性高いだけのかなあなんて思いながら大口をあけて欠伸をする私に乙女の欠片も見当たらない。そのままごしごしと目を擦りながら隣で眠っている景吾に視線を移す。小さな寝息を立てるその様子は日頃一人称が俺様の人間とは思えない。なんていうか……ちょっと可愛い。思わずにやけた顔を何とか抑え、広い背中に手を置いてそっと揺らす。
『けーいごー、朝ですよー』
予想はしてたけど、やっぱり起きない。またゆさゆさと揺らす、けど起きない。またゆさゆさと、けど起きない。本当にこの男は……、と溜め息を吐く。あっ!そうだ!こういうのはどうだろうか?
『………跡部!さっさと起きんか、たるんどる!』
「……」
『跡部、寝起きが悪いよ』
「………」
『跡部くん、早く起きないとゴーヤ食わすよ』
「…………」
『跡部、無駄のない1日を過ごすには早起きは絶対必要条件やで』
「……………」
『跡部、油断せず起きろ』
「………………」
部長シリーズは駄目か。じゃあ次は氷帝シリーズにしよ。
『跡部、お前起きるん遅いわ』
「……」
『跡部、寝坊なんて激ダサだぜ!』
「………」
『跡部さん!早寝早起き!(一球入魂風に)』
「…………」
『跡部、起きてよし!』
「……………」
ぐぬぬ……!まだ起きないか……!!!他に誰のモノマネ出来たっけと考えていると、ぷっと聞こえた笑い声。
「おま……モノマネやめろ」
少し肩を震わせて景吾が私を見た。いつからかは分からないけど、どうやら起きていたらしい。体が固まったのがわかる。『……いつ起きたの?』「あーん?まあお前が真田のモノマネしたところぐらいだな」初めっからじゃねーかアアァァと突っ込むと、「せっかくだから出てくるモノマネ全てを見てやったんだよ」クッ、と喉を鳴らしてまた景吾が笑った。モノマネ自体に後悔はないし自信もあるけど、そんなに笑われたら何か恥ずかしいじゃん。照れくさくてつい子供みたいに口を尖らして起こしてやるんじゃなかったと景吾に背中を向ける。ばーかばーか、このまま部屋出ていってやろうかばーか(三回言ってやった、ザマミロ)。
「………あー、」
すると、ばふっ、とクッションに何かが沈む音がした。首を傾げて振り向けば景吾がクッションに顔を埋めていて、だけどその瞳と明らかに何か企んでいる様子でにやりと笑う口元が少し見えていた。そして景吾の鋭い瞳にばっちり捕らえられてしまった私はというと、金縛りにあったみたいに動けなくなった。
『……なに』
「寝た」
『え?』
「俺様が寝てるっつってんだ。さっさと起こせ」
つまり、えーと、キングが起こし直しをご所望だと。そういうことなのか。理由は全くわからないけど。理解出来ないだけにちょっと躊躇う。それでもゆっくりと景吾に近付くのはもはや本能的なものだと思う。
『……景吾、起きて』
「ああ」
陶器のような肌にそっと触れれば、その手を掴まれる。見下されることはよくあるけど、こうして景吾が私を見上げているのは新鮮で、それでいて色っぽい。はだけたシャツから見える鎖骨だとか、私の手に寄せてきた唇だとか、全部。
あ、やばい。
『け、いご』
「あーん?」
キス、したい。欲望のまま伝えたその言葉。でも仕方ないじゃんか。景吾が悪いんだよ。すると景吾は起き上がり、私の後頭部に手を添えて自分の方に引き寄せた。
「好きだ」
唇が重なる寸前に言われた甘い囁きは、私の胸をきゅうっと締め付けた。離れては、くっつく。そうやって繰り返されるキスの合間に熱を帯びながら呼ばれる名無しさんという名前。次に私も景吾、と呼ぶ。すると空いていた方の私と景吾の手が、私達の唇のように重なりあった。
(2.好きだ)