日和

□ふたりの気持ち
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丑三つ時。
先ほどまで妹子が仕事をしていた部屋に向かうひとつの影があった。

深夜とあってギシギシと床板の音だけがあたりに響く。

ス―ッ…

「妹子ー…?いるー?」

障子に手をかけ静かに横にずらしながら部屋の中で自分の仕事をしているばずの部下に声をかけた。

「妹子ー…、ん?」

先ほどまで自分が昼間押し付けた自分を生真面目に、本当にさっきまでしていたのであろう。
眠りに落ちても律儀に握ったままの筆の筆先はまだ湿っていた。

「わー…妹子寝ちゃってる。」

まあ、それも仕方ないか…最近毎日夜遅くまで頑張ってたみたいだし、昼間は自分の遊び相手に嫌々言いながらも付き合ってくれているのだから。
「(寝る時間ないよね…。)」

机に伏せた形で寝ていた妹子の体を横に倒し、自分が着ていたジャージの上をかけた。
少し妹子は身動ぎをしたがそれ以降は静かな呼吸音だけが聞こえてきた。


目の前で寝息をたてている部下の顔は、思えばよく見たことがなかった。

…うわ、髪サラサラ。

妹子って…言っちゃ悪いけど女の子みたいな顔してるよね…。


確かに妹子は朝廷で私の次にモテ男だと思う。
…主に男子に。


陽の下だと赤く染まる妹子の髪はそこらへんの女性よりも触り心地が良い。

睫毛は女性が羨むほど長い。
肌も驚くほど白く、まるで陶磁器のよう。

瞳も大きい、目鼻立ちの良い顔はパッと見、いや、パッと見じゃなくても女性のように見える。

…まあ、そんなこと本人の前で行ったら良いパンチが飛んでくるのは分かっているので言わないが。

しかし、自分が与えたノースリーブのジャージからのびる腕は毎日腕立てをしているだけあってがっしりとしている。

それは男性ということを証明しているようなものなのに、妹子なら抱ける、という輩も未だにいる。


…正直、苛つく。

私と妹子は遣隋使として旅を共にし、そのとき初めて会ったからまだ数ヶ月の付き合いだ。

付き合いは確かに、まだ浅い。

でも、私なりにアプローチはしているつもりなのだ。それが全て良い結果に進んだかというと、それはそれは残念な結果に終わっているのだが。

この国の政治を任され、楽しいことばかりであったかというと、それは嘘になる。
逆に辛いことの方が多かった気がする。



私はいつも遊んでいるような印象があるようだが、それなりに忙しい毎日を送っている。

妹子も(私の遊び相手やら私の仕事やらで)忙しい毎日だ。

昔、珍しく2人が非番になった日に妹子を誘って遠出をしてみたことがある。

断られるかと思い気やすんなりと了承を得た私は面くらいながらも妹子と出掛けた。

嫌々言いながらもいつも私の望み通りにしてくれる優しい妹子。
何気ない話に華が咲きそうな程明るく笑う妹子。

不覚にもその笑顔に、心を奪われてしまった。

妹子の笑顔が私だけに向けばいいのに。
妹子が私のものになればいいのに。

子供じみた独占欲が私の中に生まれ始めたのはいつからだったか。

…もしかしたら結構前に惚れていたのかもしれないな。


この気持ちを伝えたい、とは思うものの、今のこの関係が崩れるかと思うと出来ないでいる。

もしかしたら、なんて思う時もあるが、そんな上手いこと現実にありうることはないだろう。

結局、私はどうしたいんだろうか。


「…妹子、…好きだよ。」

私は静かに部屋を後にした。




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