*Short Story(短編)

□My Funny Valentine
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 「My Funny Valentine」

 この曲を聴くと、君を思い出すよ。俺の事だって言いながら、笑ってたよな。
 とても素敵な声だった。甘くて優しくて。歌なんて、ジャズなんて全然分からなかったけど、君の声は好きだった。

 歌がすごく上手いから、みんなの前で歌えばいいのにって言ったら「伯母さんに禁止されてるからダメなのよ」と答えた。上手いのは当たり前で、母親がクラブの売れっ子歌手だったからさ。子守唄代わりにいつも聞いてれば、そりゃ覚えるよね。

 俺より三つも下のくせに、すごく生意気で、いっつも口ゲンカしてたっけ。しまいには何でケンカしてたのかわかんなくなって
大笑いしてお終い。
 ガキ扱いされるのが嫌いなの分かってたけど、からかうとむきになって突っかかってくるからさ。

 クラブで初めて会った時もそんな感じ。背は俺と同じくらいだったから、てっきり年も同じくらいかと。でもそれに比べておっぱいの方があまりにも貧弱で、それをからかったら凄く怒ったよな。それで俺の頭に俺の飲みかけのペプシをぶちまけた。なんてガキだと思ったよ。

 次に会った時は俺から先に謝った。ちょっと言いすぎたなって思ってたから。女の子に向かってちょっと無神経だったよな。俺だって、ナニが小さいとか言われたら(実際はどうだかわかんねえけど)、やっぱりむかつくだろうな。うん。

 クラブは行きつけでもなんでもなくて、たまたま相棒と一緒に仕事で行っただけだった。向こうは友達のお供で、ほぼ毎週来てるっていうからさ、俺もマネして行くようになったんだ。
 クラブにいてもすることなくて、俺はゲームで遊んで、あの子はそれを見てるだけ。
 ポツポツ話はするんだけど、クラブじゃうるさくて何にも聞こえない。

 一回家まで送って行こうかって声掛けたら、あの子はとんでもないって顔して断った。十五歳の女の子二人がウロウロしていい時間じゃないからって食い下がったけど、やっぱり断られた。
 
 「あたしハーレムに住んでるのよ。あんたみたいな白いのが来たら、どうなると思う?」
 
 どうなるってやっぱりやばいよね。
 俺は赤毛の白人。
 あの子はアフリカ系アメリカ人。
 でもな、あの子の肌は日に焼けたのかって程度の褐色で、髪は黒いのにほとんど縮てれないし、瞳はヘーゼルだった。
 名前はブランシュっていうんだけどな、フランス語で「白い」って意味だよ。それで名前の通り、半分白人だった。
 
 素敵な名前だと思うけど、あの子はからかわれるから嫌いだと言っていた。
 父親がフランス人だってさ。元貴族の家柄で、お金持ちのボンボン。母親はクラブの売れっ子歌手(写真見せてもらったけど彼女とよく似た美人だったよ)、偶然出会って恋に落ちて結婚の約束したんだって。でもお互いの身内に猛反対されて、その上父親の方は
事故死。その時彼女を身ごもってた母親はアルコールに溺れて声をつぶし、歌も歌えなくなって、最後は体を壊して死んだって。
 だからあの子の親代りを務める伯母さんは、白人が大嫌いで、歌の上手い姪っ子に母親の二の舞をさせたくないから歌うのを禁じたんだってさ。
 すごく素敵な声なのにもったいない。

 はじめはあんまり歌ってくれなかった。恥ずかしいからって。でも何度かせがむうち、ちょっとずつ歌ってくれるようになった。ジャズなんて全然分んなかったけど、あの子のおかげでたくさん覚えた。「All Of Me」、「Fly Me To The Moon」、「You Don't Know What Love Is」、「So In Love」、「Someone To Watch Over Me」その他色々。
 大昔のラブソングなんて歌詞見たら恥ずかしくて笑っちゃうようなのばっかりなのに、歌ってもらうと素直に聞けるのはなんでだろうな。
 でもやっぱり目の前で「♪だってあなたに恋してるから〜♪」なんて歌われたら、俺でなくてもみんな恥ずかしいと思うよ。思わない?

 俺は歌えないよ。歌詞を覚えただけ。あんまり上手くないし。音楽の授業もあるにはあったけど、ふざけてばっかりだったな。だって俺のいたとこにはその道の天才ばっかりだったからね。俺? 俺はゲームの天才。

 でもこの歌だけはダメなんだ。今でもダメ。半年たったけど、聞くと泣いちゃう。
 男のくせになんて言うなよ。男の方が弱虫で、泣き虫なんだぞ。
 あの子が歌ってくれた最後の歌なんだ。
 あの大きくてきれいな瞳で俺を見て、俺の為だけに歌ってくれたんだから。
 歌い終わったあの子に何度もキスしたよ。
 愛してるって言って何度も。
 だけどあの子は出て行って、二度と戻って来なかった。俺を置いて行ってしまった。

 もっとしっかり抱いておけばよかった。しっかり抱いて離さなければよかった。
 もっとたくさんキスしてやればよかった。
 口きけなくなるくらい、たくさんキスしてやればよかった。
 もっといっぱい愛してるって言ってやればよかった。あの子の胸が俺の愛でいっぱいになるくらい。
 でも足りなかったんだ。全然足りなかった。だから行ってしまったんだよな?

 あの子がクラブに来てたのは、友達のお供をする為。友達のイブはクラブのセキュリティーの男と付き合ってた。逢引のお供だよ。
だけどイブは妊娠した。男に相談したけど相手にされなくて。あの子も何とかしようとしたけど、手遅れになってしまった。イブは自殺しちゃったんだ。まだ十五歳だったのに。
 彼女はとても優しくて素直な子だった。子供みたいに純粋な子だったんだ。だから大人の醜さが理出来なかった。

 俺はその頃仕事でヨーロッパに行ってたんだ。だから何にも知らなくて、戻ってきたら終わってた。知ってたら、何とかしてやれたかもしれないのに。

 あの子はすごく取り乱してた。イブを助けてやれなかったって、大事な友達だったのに見殺しにしてしまったって泣き叫んで。見ていて俺も辛かった。どうしてやることも出来ないんだから。

 そのうちあの子は恐ろしいことを言い出した。イブを捨てたあの男に復讐してやる、この手で殺してやるって。
 ダメだ。ダメだよそんな恐ろしい事考えないでくれよ。まだ十五だろ? そんな事考えちゃダメだ。そんな事したって彼女は帰ってこないし、絶対に喜ばない。

 「愛してるよブランシュ」
 俺はここにいるよ。ちゃんと生きてる。しっかり俺を見て。俺は息をしてる。お前の声を聞いてるよ。お前を抱きしめて、キスだってしてやれる。

 その晩俺はあの子を抱いた。生きてる事を証明してやるために。俺がどれだけ愛してるかって事、教えてやるために。
 上手く出来たのかは分からない。普段偉そうな事言ってたけど、ホントの俺はそんなに女慣れしてないし。
 でもあの子は俺の耳元で、「マット、愛してるわ」って囁いた。甘く優しい声で。
 何度も何度も。

 夜中にふと目が覚めた。隣を見ると確かにいたはずの、あの子の姿がない。嫌な予感がした。俺はすぐに部屋を飛び出した。
 気のせいでありますように。
 何でもありませんように。
 大したことありませんように。
 どうか、どうか間に合いますように。

 クラブの前にはパトカーと救急車。そして黒山の人だかり。俺は野次馬共をかき分け、前へ前へ。
 あぁ、神様……なんて……。
 あの子は黒いビニールカバーに包まれるところだった。可愛い顔が、まるで眠っているような可愛い顔が、ゆっくりと閉められるファスナーで隠れていく。
 俺は危うく飛び出して、あの子に取りすがって泣き叫んでしまうところだった。そう、俺の伝言を聞いて駆けつけてくれた相棒が、体を張って押しとどめてくれなければ。 

 俺は温厚な男なんだぜ、怒ってんの見たことがないって言われるくらい。
 だけどこの時は本当に、全身の血が煮えたぎってたんだ。激しい怒りの感情に支配され、訳の分らない衝動に駆られてた。
 自分にもあの子にも。
 
 どうして?
 何故?
 何がいけない?
 
 家に戻った俺はバスタブに服ごと入り込み、頭からシャワーを浴びた。それでバカみたいにワーワー叫んで、狂ったようにバスルームの壁を叩いた。手が腫れ上がって血が出るくらい。
 一週間ゲームができなかったんだぜ。

 俺は何も変わってないよ。
 髪は赤毛だし、子供みたいだって言ってたそばかすもそのまま。
 ペプシはゲップが出るほど飲んじゃうし、ロクに食ってないからガリガリだし。
 タバコも止めてない、香水もそのまま。
 でも年はとった。19になったよ。
 
 もう一度声が聞きたいよ。
 「愛してる」って言って欲しい。
 そしたら俺も「俺の方が愛してる」って言い返すのに。

 ダメダメ。
 もうおしまい。勘弁して。
 泣きそうだもん。
 
 俺の話、おもしろいか?
 いい話してんのに笑うなよ。
 笑ったら、泣くぞ。


Fin

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