Blood of the Vampire
□2.相容れぬもの
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田舎町ガイゼルから木々に囲まれた街道を歩くこと約1時間。
そこに港町ポルンはある。
ガイゼルよりは多少人口も多く、島で唯一外部と交流できる重要な拠点だ。
この町を管理しているのもガイゼルの教会に住むアルバートで、彼は一日の半分をポルンで過ごし、残りの半分を教会のあるガイゼルで過ごしている。
シスターであるリデアはあくまでもアルバートのサポートが中心で、基本的に退魔師であるアルバートの指示を無視して行動する事はできない。
それ故に島で事件が起きた時はいつもアルバートが単独で行動し、事件を調査して問題を解決している。
しかし今度ばかりはアルバート一人でどうなる問題ではなかった。
町のあちこちで悲鳴が上がり、大小様々な魔獣達が我が物顔で暴れ回っているのだ。
幾らアルバートが優れた退魔師であっても、彼は剣士であって術師ではないので、多勢に無勢ではさすがにどうしようもなかった。
魔獣を相手にしながら住人の避難誘導をするが、一度パニックに陥った人間はそう簡単に冷静さを取り戻す事はできない。
アルバートの指示に従って逃げる者もいれば、混乱して泣き叫ぶ者もいる。
町にはまだ幼い子供達もいるし、赤子を抱えた母親もいる。
逃げろと言ったところで、魔獣達が暴れ回る町の中では思うように動けないのだ。
「くそっ! 一体どこから……っ」
斬っても斬っても襲い掛かって来る魔獣達に苛立ちを募らせ、思わず舌打ちしたその時。
民家の陰から一際甲高い悲鳴が上がった。
赤子を抱えた母親が熊程もある魔獣に襲われていたのだ。
母親は恐怖に顔を引きつらせながらも、とっさに胸に我が子を抱え込んでその場にうずくまった。
自分を盾にして愛する我が子を守ろうとしたのだ。
アルバートは駆け出そうとして別の魔獣に道を塞がれ冷や汗を浮かべた。
魔獣の鋭い爪がうずくまったままの親子に迫る。
と、その時、無数の蝙蝠達が魔獣の視界を遮り、黒い影が親子と魔獣の間に降り立った。
「こいつはまたずいぶんと数が多いな……」
暴れ回る魔獣達を見てカインがため息混じりに呟いた。
突然現れたカインに魔獣は一旦動きを止めるが、すぐにまた襲い掛かって来た。
力の差をわかっていながら挑んで来るという事は、この魔獣は誰かに使役された使い魔なのだろう。
しかしこれほどの数の魔獣を使役する人物とは……?
気配を探っても感じるのは逃げ惑う人間達と魔獣の気配だけで、仮面の男の気配は感じない。
「また面倒な事になったな……」
ため息混じりに呟きながらカインは襲い掛かって来た魔獣に右手を伸ばした。
魔獣は大きく口を広げて鋭い牙でカインの腕に噛みつこうとするが、次の瞬間、黒い刃が魔獣の体を貫いた。
それはまさに一瞬の出来事で、瞬きした時にはもう黒い刃はどこにもなく、力を失った魔獣の体だけがぐらりと傾いて地面に倒れた。
「っ……」
アルバートは襲い掛かって来た魔獣を倒すと急いで親子のもとに駆け寄った。
赤子を抱えた母親を他の住人達と一緒に避難させ、カインを振り返る。
「何しに来た!」
「何って……わざわざ助けに来てやったのに、礼の一つも無しか?」
「頼んだ覚えはない!」
きっぱりと言い返しながらアルバートはまた魔獣と対峙する。
その様子を眺めながらカインは軽く肩をすくめて町の中を見回した。
するとそこへローズと箒に乗ったカラフィナがやって来た。
現状を確認して二人は驚きの表情を浮かべる。
「ちょっとこれは一体どういう事なの? こんなにたくさんの魔獣が一度に押し寄せるなんて……」
「まあ普通に考えてありえないよな。召喚術で呼び出されたんだろうが……たぶんまだどこかに魔法陣か媒体となる物があるんじゃないか?」
「それをこの中から探すの? そんな事してたら日が暮れるわよ」
カラフィナが面倒臭そうに首を振る。
その時また近くで悲鳴が上がった。
恐怖に足を縺れさせて転んだ子供に魔獣が襲い掛かる。
「ローズ!」
「わかってるわよ!」
返事を返しながらローズは素早く子供と魔獣の間に滑り込み威嚇した。
ローズはただ一喝しただけのように見えたが、ローズの何倍も大きい魔獣は何故だか怯えて身を退いた。
その隙にカラフィナが子供を逃がし、カインが魔獣にトドメを刺した。
「カイン、幾ら何でも数が多過ぎるわ!」
「そんな事言われなくたって見りゃわかる!」
夜ならばこの程度の魔獣などカイン一人で片がつくのだが、さすがに真っ昼間では吸血鬼の本領を発揮できない。
それはローズも同じで、尚且つ人目がある内は魔族の本性を晒す訳にもいかない。
そこへ避難誘導を終えたカラフィナが戻って来た。
「ねえもう面倒だから私の魔法で吹き飛ばすわ。疲れるから嫌なんだけど、こいつらが城まで来たら私の研究室までめちゃくちゃにされかねないもの」
「こんな町中で魔法なんて使ったら、魔獣と一緒に町も消し飛ぶぞ」
普通の魔術師ならば町中で攻撃魔法を唱えてもそこまで大きな被害は出ないが、カラフィナの場合、魔法の威力が桁外れに大きい。
地面に焦げ跡が残る程度の魔法でも、カラフィナが使うと城の一つや二つは簡単に吹き飛んでしまう。
この小さな島でカラフィナが攻撃魔法を使ったら、おそらく島の半分は焼け野原になるだろう。
残る手段は、カラフィナの攻撃魔法から町を守る結界を張る事だが、今回の標的は魔獣。
種は違えど同じ魔族であるカインやローズの結界では相性が悪いのだ。
そもそも魔族の使う結界は、人間の術師が使うような他者を守るべき力ではない。
魔族は個人主義者。己の身だけを守れればそれで良いのだ。
意見がまとまらない中、不意に一人の少女が手を挙げた。
「私が結界を張ります!」
名乗り出たのは、いつの間に話し合いに混ざったのかガイゼルの教会のシスター、リデアだった。
彼女がいる事に気づいてアルバートが駆け寄って来る。
「ここで何してる!教会で待ってろと言っただろ!」
「ガイゼルの町はちゃんと結界を張ってあるし、アルやポルンの人達が危ない目に遭ってるのに私だけ安全な場所でじっとなんかしてられないよ!」
リデアの主張にアルバートは顔を顰める。
「お前の役目は魔族を倒す事じゃないだろ!大人しく教会に戻れ!!」
「私だって戦えるよ!こういう時の為にいつも頑張って修行してるんだから!」
「ふざけるな! 魔物退治は遊びじゃないんだ! 早く帰れ、邪魔だ!!」
「私も戦う! 私だって皆を守りたいの!」
「えーと、邪魔して悪いんだけど、お二人さんちょっと周りを見てみようか?」
カインの声に喧嘩を中断したアルバートとリデアは、二人揃って辺りを見回した。
そこには今にも襲い掛かって来そうな魔獣達の鋭い視線と唸り声が広がっていた。
現状を思い出して我に返った二人は、そこで改めてカラフィナに向き直った。
「えっと、はじめまして、私はリデアといいます。あの、魔法でどうにかなるって本当ですか?」
「うん、本当。疲れるから嫌なんだけどね。こいつらを何とかしないとまたあの蝙蝠達が騒ぎそうだし」
「蝙蝠?」
「ううん、こっちの話。それで結界を張るっていうのは?」
「あ、はい! ガイゼルとポルンにはいざという時の為に、私の力を媒介させる為の十字架をあちこちに置いてあるんです。家の出入り口にも掛けて置いて下さいって町の人達にお願いしてあるので、たぶん上手くいくと思います」
「……言って置くけど、私の使う魔法はそんじょそこらの術師が使う魔法とは段違いだからね?」
カラフィナが念を押すと、リデアは少し緊張した様子で頷いた。
その覚悟が本物だとわかったカラフィナは、続いて不機嫌な顔をしたアルバートに向き直って言った。
「そこの神父さんはどうなの? さっきは猛反対してたみたいだけど」
「……」
アルバートは眉間に皺を寄せながら深く息を吐く。
「今は非常事態だ。これ以上被害が拡大する前に終わらせる」
素っ気ない返事ではあったがカラフィナは構わず呪文の詠唱に入った。
カラフィナとリデアが術を発動させる間、二人に襲い掛かろうとする魔獣をカイン達が止める。
先に発動したのはリデアの結界だった。
空に白いテントを張るように眩い光がポルンの町を包み込む。
それはまるであたたかいお日様の光のようだった。
「っ……」
不意にローズがよろけて地面に這いつくばった。
人間には無害な光であっても、それが聖魔法であるならば闇に生きる魔族には猛毒のようなもの。
カインの使い魔である蝙蝠達も結界が張られる前に早々に姿を消していた。
十字架や日光にある程度耐性を持つカインですら立っている事ができずにその場に膝をついた。
体が鉛のように重く、皮膚が焼けるように熱い。
しかしそこでカラフィナの攻撃魔法が発動して業火が魔獣達を包み込み焼き尽くした。
リデアが張った結界のおかげでその熱は結界の中にいるアルバート達までは届かない。
業火はまるで大きな竜のように魔獣達を飲み込み、そして消えていった。
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