Blood of the Vampire
□2.相容れぬもの
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城のバルコニーからカインは森に囲まれたガイゼルの町を見下ろしていた。
水平線からはもうすぐ朝日が昇ろうとしている。
何をするでもなくただじっと風に体を預けたまま佇んでいると、後ろからローズのため息が聞こえた。
「珍しいわね。こんな時間にあなたが起きてるなんて」
「たまにはそういう日もあるさ」
こちらを振り返る事なくそう言うカインに、ローズは何故だか少しだけ胸騒ぎを感じた。
カインの横に並んで同じようにガイゼルの町を見下ろす。
まだ夜明け前なので町の中は静かだが、ちらほらともう起き出して今日の生活を始める人達もいる。
「カイン、どうしたのよ。例の仮面の男の事でも考えてるの?」
どこかいつもと様子が違うカインに尋ねると、彼は苦笑を浮かべてまた町に視線を戻した。
「いや、リデアの事だよ」
「リデア?」
「教会のシスターさ」
そう言われてようやくローズも思い出した。
一年中棺に引きこもっているカインと違い、ローズは度々使い魔から町の様子を聞いているので、島の人間の事はだいたい知っているのだ。
「ああ、いつも子供達の面倒を見てるあの何だかぼけっとした子ね。あの子がどうかしたの?」
「……似てると思ってさ。前に会った時はまだ子供だったから気づかなかった」
ローズは町を見下ろしながらリデアの顔を思い浮かべてみた。
泣きべそをかきながら、それでも必死に"お兄ちゃんを助けて"とすがりついて来た幼い少女。
普段はぽけっとしている癖に、意外と頑固で意志が強い。
人間の事などたいして興味がないので今まで気にした事はなかったが、昨日ちらりと見た横顔は、確かに"彼女"によく似ているような気がした。
……そう言えば"彼女"も普段はおっとりしていたが、時に一国の主にさえ意見を押し通す意志の強さを持っていた。
「……」
ちらりとカインの横顔に目をやる。
じっと町を見つめるその横顔は、何だかとても哀しかった。
「太陽、か」
昇る朝日を見てカインが呟いた。
そっと光に手を伸ばす。
指先が僅かに焼けるように痛んだ。
他の吸血鬼のように日光を浴びてもすぐに消滅するような事はないが、人間と同じように太陽の下で生きる事はできない。
かつてカインを"太陽のようだ"と称した人物が見たら、きっと驚き、そして哀しむだろう。
どんなに足掻いても、もう二度と"太陽"にはなれないのだから。
「……そろそろ夜が明けるわ。部屋へ戻りましょう」
ローズに促され、カインはもう一度昇る朝日を振り返り、静かに目を閉じた。
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