Blood of the Vampire

□4.追想の悪夢
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それは、遠い日の記憶。


先日港町で起きた"魔獣襲撃事件"も落ち着いた頃、カインはいつものように黒猫のローズを連れ港町の視察に訪れていた。


領主が共も連れずに出歩くなど他領では考えられない事だが、シルニア島では別に珍しい光景ではない。


先代の頃から民との交流を絶やさず、いついかなる時も民の事を思って行動して来た若き領主は、幼少の頃からずっと民に慕われていた。


その為、領主を継いだ後もこうしてふらりと城を出て行くのはよくある事だった。


「あら、カイン様。こんにちは。今日も来ていらしたのね」


「やあダリア、店の方はどう?」


「はい、もう大丈夫ですわ。騎士団の方々がすぐに壊れた蔵を直して下さったおかげで、今日からまた店を始める事ができます」


「そりゃよかった! ダリアの手料理が食べられないと町の男共が泣くからな」


「ふふ、今日は精一杯腕を振るわせて頂きます」


酒場の前で談笑していると通り掛かった人達が次々に足を止め、いつの間にかカインの周りには人の輪ができていた。


魔獣に破壊された町の修復は城の騎士達によって迅速に行われ、町はいつもの活気を取り戻しつつある。


「カイン様! これ見て!」


「シスカお姉ちゃんの為にみんなで作ったの!」


子供達が満面の笑みと共に差し出したのは、綺麗な花冠だった。


「早く元気になりますようにっていっぱい祈ったから、きっとすぐに元気になるよ!」


花冠を受け取ってカインは嬉しそうに微笑む。


そして一人ずつお礼を言って頭を撫でた。


「ありがとう。シスカもきっと喜ぶ」


「シスカお姉ちゃんが元気になったら、また一緒にお花を摘みに行きたいな……」


「ああ、伝えて置くよ」


「今度はもっと大きい冠を作ろうよ!」


「うん! お姉ちゃんびっくりするかなあ?」


子供達の楽しそうな声を聞きながらカインは空に目をやった。


今頃城のベッドの上でシスカも同じ空を眺めているに違いない。


帰ったら花冠と子供達との約束を伝えなくては。


きっと喜ぶだろう。


「ほれカイン! この葡萄も持って行きな!」


「私からもこれをシスカ様に」


陽気な町の人々は病気で寝ているシスカを気遣って、様々な見舞いの品をくれた。


帰る頃にはカインの両手はたくさんの荷物で塞がれ、苦笑を浮かべながら二人は港町を後にした。


「なあローズ、結局あの魔獣は何だったんだ? 誰かが魔獣を操って町を襲わせたんじゃないかってロバートは言ってたけど……」


城への道を歩きながらカインが言った。


「誰かが呼び出した事は間違いないわ。でも誰が何の為にあんな事をしたのか、そこまではわからないわね」


「最近は何だか妙な事ばかり起きるよなあ……。この頃やけに遠征が多いと思ったら、今度はアルウィン殿下の失踪だろ?」


「そうね。ドレイクが珍しく自分から調査隊に志願したって聞いたけど……。ハインリヒも今回はやけにあっさりと退いたわね」


「まあ最初は副団長のハインが行くはずだったんだけど、ドレイクなら何も問題ないし。ハインはこの前の魔獣騒ぎを調べたいから残るってさ」


「……」


ローズは何か思案するように遠くを見つめる。


そうする内に城の前に辿り着き、カインはいつものように門番に合図を出した。


ところが、いつまで待っても跳ね橋は下りて来ない。


「おかしいな……。誰もいないのか?」


「そんな訳ないでしょう。もうすぐ日も暮れるって言うのに」


「おーい、ライル! コリー! いないのかー!」


門番の名前を呼んでみるが、やはり返事はない。


いつもと違う様子にカインは不安を募らせる。


「何か変じゃないか? 門番が誰もいないなんて……」


しかし跳ね橋が上がったままでは城の中には入れない。


「ローズ、橋を下ろせるか?」


「仕方ないわね……」


ローズはため息をつくと闇と同化するように消え、しばらくして跳ね橋ががたごとと音を立てながら下りた。


魔族であるローズは自分の魔力が届く範囲であれば、瞬時に空間を移動する事ができるのだ。


橋を渡り城の中に入ると、ホールに数人の騎士達が倒れていた。


「何だよこれ……おい! しっかりしろ!!」


慌てて駆け寄り確かめるが、外傷は見当たらず、ただ眠っているだけのように見えた。


しかし誰も息をしていない。


「嘘だろ……なんでこんな……っ」


ローズは倒れている騎士を見て大きく目を見開いた。


「魂が抜かれてる…!」


「魂?」


「まだ死んでる訳じゃない。でも魂のない状態じゃそう長くは持たないわ」


「魔族の仕業なのか!?」


「……まだ何とも言えないわね」


「っ……シスカ!」


カインは立ち上がるとシスカの居るパラスへと走った。


敵からの攻撃に備える主塔と普段カイン達が生活している居館パラスは、中央の橋と左右の城壁通路で繋がっている。


カインが真っ先に向かったのは、ホールの正面から一直線に続く中央通路の橋だった。


橋を渡った先の門を潜れば、すぐにパラスのホールに入れる。


ここの橋も敵の侵入を防ぐ為に上げ下げできる仕組みになっているが、普段は通行可能の状態にしてある為、カインはすぐに橋を渡る事ができた。


しかしホールに足を踏み入れたカインを待っていたのは、倒れた騎士達と魔獣だった。


「なんでこんな所に魔獣が……っ」


巨大な狼のような姿をした魔獣は、カインを見つけると低い唸り声を上げた。


カインが一歩足を前に出した瞬間、魔獣は床を蹴ってカインに飛び掛かった。


「カイン!!」


ローズがとっさにカインを突き飛ばしたおかげで、カインは魔獣の攻撃を避ける事ができたが、次も上手くいくとは限らない。


腰の剣を抜いて構えるものの、カインの剣の腕は中の下といったところで、実戦ではほとんど役に立たない。


子供の頃から剣術指南役のドレイクからハインリヒと共に剣を学んでいたのだが、カインには剣の才能がなかったのか、元々争い事が苦手な性格が原因だったのか、カインの剣の腕はさっぱり上がらなかった。


領主であるカインは父の後を継いで爵位と共に騎士団の団長という立場も受け継いだのだが、肝心の剣術がイマイチの為、外交や内政以外の仕事は全て副団長であるハインリヒが務めていた。


ハインリヒが束ねる騎士団は無敗の強さを誇り、皇帝陛下からも"ルーヴァニアの剣"と称されている。


その騎士達でさえ敵わなかった魔獣に、カインが勝てる見込みなどあるはずもない。


相対しながらカインの顔には冷や汗が浮かんでいた。


するとローズがカインと魔獣の間に滑り込んで立ち塞がった。


「カイン! ここはいいから早く逃げなさい!! まだ何人か人の気配がするわ! 玉座の方からよ!」


「っ……わかった!」


カインは素直に頷いて後ろも見ずに駆け出した。


階段を駆け上がり通路を走り抜ける。


その途中にも人がたくさん倒れていたが、皆息をしておらず目を覚ます者もいなかった。


そのまま三階に上がり夕日に照らされた通路に出ると、柱の前に魔導士ロバートが倒れていた。


先代の側近でカインが領主を継いだ後も右腕として相談に乗ってくれている良き理解者だ。


城で唯一の魔術師でもある。


「ロバート!!」


駆け寄って抱き起こすと、ロバートはまだ息があったようで僅かに呻いてカインを見上げた。


「ロバート、何があったんだ!」


「っ……カイン様……」


ロバートは壁に背を預けた状態で重そうに口を開いた。


「……反乱です……」


「何!?」


「何が起きたのか……私にもよく……わかりません……。ただ、城に妙な結界が張られて……」


「結界?」


「外部との連絡が……取れなく、なったのです……。見たこともない術で……次々と犠牲者が……」


「シスカは! あいつは無事なのか!?」


「っ……シスカ様は……玉座の間に……」


「!」


カインは顔を上げて柱の向こうにある大きな扉を見た。


「ここでじっとしてろ! 必ず助ける!」


ロバートにそう言い残してカインは玉座の間に続く扉を開けた。


赤い絨毯が天への道となって玉座まで続いている。


玉座の前に美しい一人の女性が横たわり、その前にはカインによく似た一人の男……。

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