Blood of the Vampire

□3.ヴラド公国
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魔獣騒ぎの翌日、アルバートは港町ポルンの図書館で調べ物をしていた。


机の上に積まれた本を片っ端から手に取って目を通していく。


しかしなかなか目的のものは見つからない。


「神父様、少し休憩したらいかがですか?」


顔を上げると、そこにティーカップを持った館長の娘クローディアが立っていた。


シスターのリデアと同い年だが、落ち着いた性格の為か童顔のリデアより年上に見える。


「何をそんなに熱心にお調べになっているんですか?」


「……この島の歴史だ」


「歴史?」


クローディアはハーブティーの入ったカップを置くと、積まれた本に目をやった。


そのどれもが数百年前の歴史を記した書物だ。


「ずいぶん古い記録をお調べになっているんですね……」


感心しながらクローディアが言うと、アルバートは目を通していた本を山に戻して館内を見回した。


「これ以上古い記録はないのか?」


「一番古い記録は確か700年くらい前のもので、それ以前の記録となると……」


クローディアの言葉にアルバートはため息をつきつつ、それもそうかと納得した。


ガイゼルに教会が建てられたのが今から約700年前。


教会に収めきれなくなった記録を保管する為にこの図書館が建てられたのが500年前だ。


それ以前の記録は町長の家にも残っていない。


「神父様、もっと古い記録をお調べなら帝都にある皇立図書館へ行ってみてはいかがでしょう。もしかしたら何か記録が残っているかもしれません」


「……ああ、そうだな」


アルバートは固まった肩をほぐしながら立ち上がると本の山に手を伸ばした。


「あ、神父様! 片付けなら私がやりますから!」


「だが……」


「いいんです! 帝都へ行かれるのなら早い方がいいでしょうし、昨日の騒ぎでお疲れでしょう。このくらい私一人でできますから気になさらないで下さい」


少々強引に押し切られ、アルバートはハーブティーを飲み干して置いてあった剣を手に取った。


「じゃあ、頼む。……ありがとう」


「いえ。あの、あまり無理なさらないで下さいね」


クローディアに見送られながらアルバートは図書館の出口へと向かうが、ふとある事を思い出して足を止めた。


「クローディア、これを渡しておく」


「え?」


アルバートが差し出したのは銀色の護符(タリスマン)だった。


魔除けに身につけたり扉に吊るしたりするものだが、この手の魔法道具(マジックアイテム)は農民からすればとても高価な物で手が出せる値段ではない。


「こんな高価な物を頂く訳には……」


「この辺りで狙われそうなのは、もうお前とリデアくらいしかいないからな」


「そ、そうですね……。あの、じゃあこれはリデアに……」


「あいつもシスターの端くれだ。必要ない」


「で、でも……」


「気休め程度にしかならないが、こんな物でもないよりはマシだろう。持っておけ」


「は、はい……!」


クローディアは頬を赤らめ緊張した様子で護符を受け取った。


銀色の護符は細かな細工が施され魔法陣のような模様が描かれているが、魔術の知識など欠片もないクローディアにはそれが何なのかサッパリわからない。


しかしクローディアにとって重要だったのは、魔除けの効果よりも、それをくれた人物の事だった。


無愛想で少々不器用な為、初対面の人間には冷たい人間だと誤解される事も多いが、根は真面目で面倒見も良い彼は、この島の人間達に神父様として慕われている。


同じく真面目で優しい性格のクローディアも彼の事を慕っているが、クローディアの場合はそれだけではない。


幼い頃からずっと彼の事を熱っぽい視線で見つめ続けているのだが、臆病さが邪魔して未だに気持ちを打ち明けられないでいる。


アルバートの方も野生の勘は働くが、そういった方面にはとんでもなく鈍い為、クローディアの気持ちには全く気づいていない。


しかし今はそんな事も気にならない程、クローディアは内心舞い上がっていた。


受け取ったプレゼントは色気とは程遠い物だが、女性に贈り物などめったにしない神父様から頂いたのだ。


恋する乙女のハートが高鳴ってしまうのは致し方ない。


「あ、あの! 神父様、ありがとうございます……!!」


図書館を出て行くアルバートの背中を見つめながらクローディアは胸にしっかりと護符を抱いて叫んだ。


アルバートは軽く手を上げただけで振り返る事もしなかったが、クローディアはいつまでもその背中を見送っていた。

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