Blood of the Vampire

□2.相容れぬもの
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食堂に向かうと、大きなテーブルで優雅にワインを飲む魔女カラフィナの姿があった。


その姿はどう見ても10代の少女だが、外見と中身が必ずしも一致するとは限らない。


「あー!! お前、また俺のワインを!!」


グラスの横に転がる空のワインボトルを指差してカインが叫ぶと、カラフィナは機嫌よくワインを飲みながらにやりと笑った。


「美味しかったわ〜。ご馳走様、カイン」


「何がご馳走様だ! お前にやった覚えはないし、しかもこれ俺が楽しみにしてたワインじゃないか!」


普段カインが飲んでいるのはこの島の特産でもある葡萄と、ブラッディローズと呼ばれるその名の通り血のように紅い薔薇から作られるワインである。


葡萄はガイゼルから港町へ出荷され、そこから船でルーヴァニア大陸へと渡り、ワインとなって各地へ飛んでいく。


島の人間は独自の製法で葡萄をワインに変えて日常的に飲んでいるが、ブラッディローズの方は一般には出回っていない。


というのも、この薔薇は一般的な普通の薔薇と違い、太陽ではなく月光で育つ特殊な薔薇なのだ。


その養分となるのもこれまた特殊なもので、普通の人間が簡単に栽培できるような代物ではないのだ。


故にこの薔薇はカインの居城である吸血鬼城の中庭と、森を抜けた先にある丘にしか咲いていない。


薔薇の世話をするのもその薔薇からワインを作るのもカインの使い魔達の仕事だ。


使い魔達が毎日飽きる事なくせっせと仕事に精を出すおかげで、カインはいつでも好きな時にお気に入りのワインを楽しむ事ができる。


しかし千年もの間、毎日同じワインばかり飲んでいてはさすがに気が滅入るので、時折趣向を凝らしてワインに一工夫加えてみたり、市場で変わったワインを求めたりしている。


今カインの目の前に置いてある空のワインボトルも、そんなワインの一つであった。


「嗚呼……俺のワインが……」


がっくりとうなだれるカインを無視して椅子の上に飛び乗ったローズは、エメラルドの瞳を真っ直ぐカラフィナに向けて口を開いた。


「それで? どうしてあなたがここにいるの?」


カラフィナは口元を拭うとテーブルに肘を乗せて面白そうにカインとローズを見た。


「何だか面白い事になってるみたいだから、久しぶりに観察させてもらおうと思って」


「はあ……あなたまだ諦めてなかったの?」


心底呆れた様子でため息をつくローズとは裏腹に、カラフィナはにやりと悪戯っ子のような笑みを浮かべる。


「昨日の事件の事も知ってるわ。あの仮面の男が妙な気配の元凶みたいね」


「相変わらず情報網は広いようね。それにしても、何だか妙な事になって来たわ」


「やっぱりローズでもあの男の正体はわからなかったの?」


「見た目は人間と変わらないけど、外見なんて魔力でどうにでもなるし。それに何より不思議なのは、あの男の気配。人間でも魔族でも、ましてや神でもない。あんな気配、初めてだわ……」


「でも召喚された魔獣は本物だったんでしょう?」


「ええ。あのレベルの魔獣を召喚できるとなれば相当な術師か、やっぱり魔族しか考えられないわね」


カラフィナは少し考えた後、ふと何か思いついたように口を開いた。


「召喚の様子はどうだったの? 床に魔法陣が描いてあったとか」


「悪魔の召喚術に似てたわね。呪文と魔力だけで魔獣を召喚していたから」


「じゃあ上級悪魔と契約した術師なんじゃない?」


しかしローズはすぐに首を振る。


「たとえ悪魔と契約したって、人間は人間よ。気配まで変わりはしないわ。でもあの男の気配は普通の人間じゃなかった」


「ふーん、それじゃカインが真犯人って事で決まりね」


カラフィナの言葉にうなだれていたカインが顔を上げて反論した。


「ちょっと待て! なんでそうなるんだよ!」


「だって攫われてるのは若い女ばかりなんでしょう? それで犯人が人間じゃないって言うなら、吸血鬼のあなたしかいないじゃない」


「だーかーらー! 俺は犯人じゃないっつの!!」


「吸血鬼が自分は犯人じゃありません、なんて言って町の人間が納得すると思う?」


「うっ……」


カインは言葉を詰まらせるが、そこで思案顔のローズが口を挟んだ。


「一体犯人の目的は何なのかしら。魔術の生贄? 人買いにでも売り飛ばすつもりなの?」


「あ、もしかしたら島の人間が犯人で、顔を知られているから仮面をつけてたとか?」


カラフィナが思いつきを口にすると、カインが腕組みをしながら首を傾げた。


「教会の人間ならともかく、この島の人間は島を出る事すらほとんどないし、魔獣を召喚できるような術師がいるとは思えないけどな」


「そうねえ、ただの農民じゃ悪魔だって近付かないだろうし。この島の人間に魔族と契約してまで果たしたい目的があるとは思えないわ」


ローズがため息混じりに呟いた時、カインが不意に立ち上がり扉の方へ顔を向けた。


数秒もしない内に扉の上に作られた小窓から蝙蝠が数匹やって来て天井にあるシャンデリアにぶら下がった。


この蝙蝠達はカインの使い魔で、カラフィナにはただキーッキーッと鳴いているようにしか聞こえないが、カインにはその言葉がわかるようだ。


「港町で魔獣が暴れてる? こんな真っ昼間から?」


使い魔の報告を聞いたカインは苦い顔を浮かべる。


「まさかまた魔獣が出たの?」


「港町に現れたらしい。それもかなりの数だと」


「何ですって……?」


人と神と魔が混在するこの世界では、魔族による事件や被害は珍しいものではないが、この小さな島で魔獣による被害などここ数百年聞いた事もない。


基本的に魔族は個人主義で同じ種族であっても慣れ合ったりはしないものだが、人間と違って個々の力の差が大きい為、自分より強い者がいる土地ではむやみに暴れたりはしない。


上級魔族の縄張りで獲物を横取りするような真似をすれば、一瞬で消されかねないからだ。


当然このシルニア島でもそれは同じで、上級魔族であるカインとローズが睨みを利かせている為、他の魔族が目立った行動を取る事もなく、シルニア島の住人達はずっと平穏に暮らしていた。


その平穏が突然破られたのだ。


「アルバートが向かったみたいだが、あいつ一人じゃ手に負えないかもな……」


そう言うとカインは使い魔達が持ってきた外套……フードの付いたマントを羽織って身を翻した。


「ルベルカ、留守番頼む!」


「ちょっとカイン!」


ローズが止める間もなくカインの姿は無数の蝙蝠の影と化し、黒い霧となって消えた。


「本当にもうっ! いつも人の話を聞かないで勝手な事ばかりして!」


文句を言いつつローズの姿も闇の中へ消えていく。

それを眺めながらカラフィナはひらひらと手を振りメイドのルベルカが持ってきた軽食に手をつけようとするが、その場に残ったカインの使い魔達がキーッキーッと鳴き喚きながらカラフィナの周りを飛び回った。


「ちょっと! 何なの!? ……あなたも見てないで助けてよ!!」


蝙蝠達に囲まれながらカラフィナは壁際に立っているルベルカに助けを求めるが、ルベルカは無表情のまま至って冷静に答えた。


「カイン様の使い魔はむやみに人を襲う事はありません。カラフィナさんを攻撃している訳ではないようです」


「そんな事はわかってるの! でもこれじゃあ身動きが取れないって言ってるのよ! 早く助けてってば!!」


いつの間にか数が増えて大量の蝙蝠にしがみつかれたカラフィナは、とうとうギブアップ宣言をして壁に掛けてあった箒を手に取った。


「わかった! わかったから!! 私も行けばいいんでしょう!?」


言葉は通じなくともこれだけ全身で訴えられれば気持ちは通じる。


魔物の癖に心配性な使い魔達に追い立てられるように、カラフィナは魔女らしく窓から箒で飛び立つのだった。

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