Blood of the Vampire
□4.追想の悪夢
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「カイン!」
「!」
ローズの声でカインは目を覚ました。
使い魔である蝙蝠達が心配そうにカインを見つめている。
起き上がって辺りを見回すと、そこはカインの自室だった。
ガーゴイル達を倒した後、一旦休憩を取る為に自室に戻ったのだが、いつの間にか寝てしまったようだ。
「……どうしたの?」
首筋を流れる汗に気づいてローズが声を掛ける。
「……何でもない。それより何かあったのか?」
「ドレイクがすぐに来て欲しいって。何かあったみたい」
「……わかった」
まだぼんやりとする頭を手で押さえながらカインは部屋を後にした。
城の地下にある墓地には、たくさんの遺骨と魂が眠っている。
死者達の安息の地。
その場所を守るのが管理人であるドレイク・オールの役目だ。
年の頃は40半ば、常に飄々として掴みどころのない男だが、腕っ節は非常に強く魔物相手にも引けを取らない。
ずっと地下に籠もっているので誰に会う訳でもなく、元々身だしなみに気を使うタイプでもないので服はよれよれのボロボロだ。
腰には酒瓶をぶら下げている。
ドレイクの案内で地下墓地の最深部に足を踏み入れると、細かな細工が施された墓が現れた。
かつての領主とその家族の墓である。
その内の一つが破壊され、あろうことか棺の蓋が開かれていた。
「!」
駆け寄って中を確かめるが、棺の中に遺体はなく、遺体と一緒に納められた装飾品しか残っていなかった。
「っ……」
悲痛な表情を浮かべてカインはドレイクの胸倉を掴んで怒鳴った。
「どういう事だ!! 何があった!?」
「……」
ドレイクは何も答えなかった。
カインは苛立ちを募らせて手に力を込める。
「どうして棺が開いてる!? 誰の仕業だ!!」
「……わからない」
「!」
ドレイクはカインの手を振り払うと開いた棺を見つめながら言った。
「誰かが盗み出したとしか思えねえが、俺は気づかなかった。城に誰か入り込めばお前等が気づくだろう。……誰も気づかなかったって事は、おそらく洞窟の方から忍び込んだんだろう」
「洞窟内にはカラフィナの使い魔がうようよしてる。侵入者がいればすぐにカラフィナが気づくはずだ!!」
「いつもならな。でも、昨日は違ったはずだ」
「!」
ドレイクの言葉にカインは港町の魔獣騒ぎを思い出した。
確かに昨日は一日中何だか慌ただしかった。
ルベルカに城の留守番を頼んだが、ルベルカは魔族ではない。
カインやローズのように人間や魔族の気配を探ったり、使い魔から情報を得たりする事はできないのだ。
墓地と繋がっている地下洞窟にはカラフィナの研究室があり、洞窟内はカラフィナの使い魔の棲家にもなっているが、カラフィナ本人がいなければ使い魔達から情報を得る事はできないし、使い魔達の任務はカラフィナの研究室を守る事であって、洞窟内の侵入者を撃退する事ではない。
見知らぬ誰かが洞窟に入って来ても、カラフィナの研究室に近付かなければ素通りできてしまうのだ。
「まさかその為に魔獣を……?」
ローズが呟き、ドレイクも頷いた。
「昨日今日と魔獣騒ぎで蝙蝠達が騒いでたから俺も気づくのが遅れちまった。被害がないか確認してたら、その時にはもうこの有様だ」
「……」
「他に荒らされたものは?」
「いや、一通り回ったが荒らされてたのはこの墓だけだ。盗まれたのが遺体だけって事は、単なる墓荒らしじゃねえ事は確かだな」
そう言ってドレイクが深いため息をついた時、数匹の蝙蝠達が飛んで来てカインに新たな異変を告げた。
報告を聞いて冷や汗が流れる。
何が起きているのかわからないが、何かとてつもなく嫌な感じがした。
「っ……」
すぐに消えようとするカインの腕をドレイクが掴んで止めた。
「待て、俺も連れてけ」
カイン達は月明かりの中、城の北東にあるクリムの丘へ向かった。
かつては月光の丘とも呼ばれたその場所は、以前は美しい花畑が広がり、その花弁が月光を浴びて星のように輝く幻想的な場所だったが、ある時を境に花は枯れ果て、代わりに月光でのみ育つ血のように紅いブラッディローズが咲き乱れるようになった。
空には無数の蝙蝠が舞い、カインに異変を告げるように独特の鳴き声を上げている。
「……」
薔薇に囲まれた墓を見て、カインは言葉を失った。
地下墓地にあった墓と同じように荒らされ、掘り起こされた棺は空になっていた。
「一体誰がこんな事を……」
「誰だか知らねえが、そいつは最初からこの丘に墓がある事を知ってたって事だな。ここは普段誰も近寄らねえ場所だ。遠目に見ても薔薇のせいでここに墓がある事はわからねえしな」
「つまり犯人の目的は最初から二人の遺体を盗み出す事だったってこと……?」
ローズとドレイクが思案する後ろで、不意にカインがよろけて膝をついた。
「カイン!」
「っ……」
地面に膝をついたカインは真っ青な顔で俯き震えていた。
地下墓地の一件で大きなショックを受けていたのに、そこへまた新たな事件が起きたのだ。
それもカインの遠い記憶を呼び覚ますような、嫌な出来事が。
「おい、大丈夫かカイン」
ドレイクが近付こうとした瞬間、カインの体がぐらりと傾いて倒れた。
意識を失う直前に頭を過ぎったのは、一人の男の顔だった。
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