Blood of the Vampire

□3.ヴラド公国
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ルーヴァニア大陸の中心部にある帝都ラグナ。


ルーヴァニア帝国の首都であり、魔物さえ寄せ付けない鉄壁の城塞都市である。


この国で最も商業が発達した場所というだけに、広場はたくさんの人で溢れ返っているが、そんな中アルバートが訪れたのは、城のように大きく堅牢な皇立図書館だった。


ここにはルーヴァニア帝国だけでなく、各国の記録や情報が集まっている。


その為、一般開放はされているが、歴史や記録など一部の書物は許可された者しか閲覧できない。


アルバートは教会から配布されているペンダントを利用して、シルニア島に関する記録をかき集めた。


教会から配布される銀のペンダントは、六芒星を円で囲んだ形をしており、その裏に番号と名前が刻まれている。


この番号と名前が大聖堂に保管されている記録と一致すれば、教会関係者の身分証明となるのだ。


ペンダントに描かれる模様は職位によって異なり、アルバートの持つペンダントは"司祭"を意味している。


ただアルバートは教会での職位とは別に退魔組織にも所属している為、退魔師の身分証明となる剣をモチーフにしたペンダントも所持している。


「……」


アルバートは席に着いて黙々と書物に目を通していたが、やはり目的の情報はなかなか見つからなかった。


900年前の記録まで遡っても、アルバートが探している情報は記されていない。


ただわかったのは、教会が統治するまでの100年間、シルニア島は無法地帯にも関わらず目立った事件などが起きていないという事。


小さな島でも統治する人間や法が存在しない以上、些細ないざこざが大事件に発展する事は珍しくない。


しかも今と違って昔は魔族の行動も過激で、アースヘイムを覆う魔力も強大だったといわれている。


そんな中、魔獣による被害さえほとんどないのは、奇跡を通り越して何だか疑わしい。


それが数年間というならまだしも、100年も続いたのは裏で人外の力が働いていたからではないのか。


「ああ、いたいた。捜したよ、アルバート」


顔を上げると、そこに数冊の古い書物を抱えた神官が立っていた。


まだ10代後半にも見える童顔の青年だが、首から提げているのは"司教(プリースト)"のペンダントだ。


司祭(プリースト)が一つの教会の代表者であるのに対し、司教(ビショップ)は複数の教会をまとめた司教区の代表者である。


当然、司祭(プリースト)より職位は上だ。


「早かったな、クリス」


アルバートの言葉にクリストファーは持っていた本を机に置いて深いため息をついた。


「早かったな、じゃないよ。何の連絡も無しにいきなり来て千年以上も前の歴史書が必要だから用意しろ、なんて。全く、君はいつも唐突なんだから。今度から事前に手紙くらいよこしてくれ」


「悪かった。それで記録は見つかったのか?」


クリスはもう一度ため息を着いてアルバートの向かいに腰を下ろすと、持ってきた本を開いてアルバートに見せた。


「だいぶ古い記録だから詳しい事は書いてないけど、教会が統治する前のシルニア島は"ヴラド公国"が治めていたらしい」


「……聞いた事がないな」


「千年以上前の話だからね。最後の君主は、記述によると"カイン・ヴラド・シルニア公爵"。領民にも慕われる良き領主だったって書いてある」


「カイン……?」


領主の名前を聞いてアルバートは眉を顰める。


「ヴラド公国が滅亡した理由は未だにはっきりしていないけど、魔物の襲撃で一夜にして滅びたって説が有力らしい」


「一夜にして滅びた? 国が?」


「正直ちょっと信じられないけど、他にこれっていう説が浮かばないのも確かだね。高位の魔族なら町一つ簡単に消せるんだから、一夜で国を滅ぼしたとしてもおかしくはないのかも。大昔の話だし、今とは魔族の勢いも違うから」


「……」


アルバートが一通り書物に目を通したところで、クリストファーは懐から古い懐中時計を取り出してアルバートに渡した。


「君から預かったこの懐中時計だけど、刻まれている紋章がヴラド公国の紋章と一致したよ。ほら、この本にヴラド公国の紋章が載ってるだろう?」


そう言ってクリストファーが示したのは、竜と剣と葡萄で描かれた紋章だった。


「つまりこの懐中時計は千年以上前の物という事か」


「古いけど細工は見事だし、かなり高価な物だと思うよ。当時の貴族か、豪商くらいしかこんな物持ってなかっただろうし。ヴラド公国の紋章が刻まれてるって事は……たぶん公爵かその側近が持っていた物じゃないかな?」


「……」


アルバートは考え込みながら懐中時計を懐にしまった。


「僕なりに資料をまとめてみたけど、ヴラド公国についてはかなり謎が多いみたいだ」


「どういう事だ?」


クリストファーは咳払いをすると歴史書を開きながらアルバートに説明した。


「ヴラド公爵が率いた騎士団は常勝無敗と言われ、公爵の居城であるヴァンシュバイク城は難攻不落の城として有名だったんだ。記録では今から千年以上前、ルーファス皇帝が即位する少し前に滅んだとある」


「……国は魔物に滅ぼされたんだろう? 何故詳しい記録が残ってないんだ?」


「事件当夜に城にいた全ての者……騎士だけでなく使用人に至るまで、全員が皆殺しにされたからだよ」


「!」


「帝国は調査隊を派遣したみたいだけど、丁度同じ頃にジェラルド皇帝が亡くなりルーファス皇太子が即位したから、他国の事まで手が回らなかったのかもしれない。当時の皇帝陛下にルーヴァニアの剣とまで称されたヴラド騎士団は壊滅。騎士団長であるヴラド公爵も行方知れずのままだ」


「……」


アルバートは書物に目を落としたまま考え込む。


千年前に行方知れずとなったカイン・ヴラド公爵。


魔物に滅ぼされた難攻不落の城。


森の奥にある古城とやたらと身なりの良い一人の男。


「……カイン・ヴラド……」


ぽつりと呟いてアルバートは剣を手に取った。

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