薄桜鬼 小説
□囚われの身
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危なっかしくて放っておけない
それが千鶴の可愛いとこだ
でもそれが
俺だけのものではない
そう気付いた時には遅かった
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大学が早く終わる日は、高校生である千鶴を迎えに行くのが日課で、母校だってこともあって、俺は来賓者用の扉から入り、真っ直ぐ千鶴の教室へと向かった。
OB面して剣道部を覗きに行きゃあ、五月蝿いのも黙るしな。
「千鶴」
HRが終わったのを見計らって、俺が顔を出すと、千鶴の嬉しそうな笑顔にぶつかる。
けれどそれは、俺に向けられたものじゃない。
「千鶴っ! ノートさんきゅな」
前の席に座る平助が千鶴を振り返って、ノートを差し出す。
「どういたしまして」
「すっげぇ解りやすかったよ」
「本当? よかったぁ」
仲良く話す二人に、俺は一瞬眉を潜めたが、溜め息をついて誤魔化した。
「平助!」
いつもより低く響いてしまった声に、少し大人気なさを感じてしまった。
「左之さん!? 部活に顔出しに来たの?」
俺の思惑なんて微塵も気にすることなく、平助が近寄ってくる。
横目には、慌てて鞄を持って席を立つ千鶴の姿…。
「千鶴っあんまり慌てんな! 転んじまうぞ」
「だっ大丈夫ですっ」
顔を赤らめて反論したつかの間、きゃっという奇声と共に千鶴の身体が傾いた。
――!!
反射的に一歩踏み出したが、遅かった。
「……大丈夫か?」
近くにいた斎藤が、抱き留めていた。
「ご…ごめんなさいっ…ありがとう」
顔を赤らめて謝る千鶴が、何だか"女"に見えた俺は、踏み止めた一歩をいつの間にか進めていた。
「斎藤が近くにいてくれて助かったぜ」
心にもないことを言ったもんだ。
俺は心の中で失笑した。
「いえ、たまたま近くにいたというだけですから……」
控えめに告げた斎藤は、そっと千鶴から腕を離した。
「雪村はそそっかしいから…」
そそっかしいから…
目が離せない?
言葉の裏を読んだ俺は、ちらりと千鶴を見た。
困ったような顔をしながら、胸を押さえている。
――……。
俺は、いつまでいい兄貴でいればいい?
恋人のはずなのに、こいつの可愛いとこを独り占めしてないと不満だなんて、どうかしてる。
―左之助さんの優しいとこが好きです―
じゃあ、こんなことで嫉妬する俺は嫌いか?
「左之さん! 左之さんってば」
平助の声で我に帰る。
「あぁ、わりぃ。 ぼぅっとしてた…。何だ?」
「部活寄るんだろ? 久しぶりに相手してよ!」
「いいけど、手加減しねぇぞ?」
俺がニヤリと笑うと、平助は負けないぞ〜っと気合いを入れると、一足先に教室を出ていった。
「左之助さん?」
平助を目で追っていた俺を、千鶴は上目遣いで覗いていた。
「ん?」
「あの…後ろ…」
千鶴が、気まずそうに呟いた。
振り向かなくても分かったが、俺は千鶴の手を掴み、急いで駆け出した。
「てめぇ! 原田! OBだからってあんまりうろちょろしてんじゃねぇよ!」
思わず肩がすくんでしまいそうな低い罵声に、俺は距離を離してから答えた。
「土方センセ! 部活に顔出すから大目に見ろよ」
「原田ぁ! タメ口きくなって何度言やぁわかりやがるっ」
ハラハラと見守る千鶴の手を更に強く握ると、俺は急いで道場に向かった。
「左之…助さんっ…は…早い……ですっ…」
「あっ悪りぃっ」
慌てて足を止めると、止まりきれなかった千鶴が背中にぶつかる。
「大丈夫か?」
「何とか…」
恥ずかしそうに額を押さえた千鶴に、俺は問いかけた。
「千鶴…俺が好きか?」
あまりに唐突に口から出た問いに、千鶴は目を丸くしていたが、瞬く間に困った顔に変わった。
走ったからというのとは別の赤みが頬に差し、まだ整わない呼吸とは違う…溜め息にも似た息が漏れる。
「好き…です…」
「兄貴みたいだからか?」
「ちっ…違います」
「違うのか?」
俯いた千鶴の顎に手を伸ばし、真剣な目をぶつけた。
「左之助さんじゃなきゃ…駄目なんです…」
「……」
敢えて黙っていると、千鶴の目は潤んで誘う。
「左之助さんじゃなきゃ……こんなにどきどきしません……こんな近い距離も…左之助さんじゃなきゃ……左之助さんだから……どきどきします…」
あぁもう……駄目だ…。
俺は、千鶴を胸に埋めさせて呟いた。
「…お前に振り回されるのも悪くねぇな…」
「え?」
上を向こうとする千鶴の頭を押さえて、俺は溜め息をついた。
「こっち見んな」
俺としたことが…こんなことで赤面するなんて、どうかしてるぜ…。
「可愛いお前を、側で見れるのも…近くで触れられるのも…俺だけにしてくれよ」
俺をこんな簡単に捕らえられるのは…お前だけだよ。