薄桜鬼 小説

□囚われの身
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危なっかしくて放っておけない


それが千鶴の可愛いとこだ



でもそれが

俺だけのものではない

そう気付いた時には遅かった



**********



大学が早く終わる日は、高校生である千鶴を迎えに行くのが日課で、母校だってこともあって、俺は来賓者用の扉から入り、真っ直ぐ千鶴の教室へと向かった。


OB面して剣道部を覗きに行きゃあ、五月蝿いのも黙るしな。


「千鶴」


HRが終わったのを見計らって、俺が顔を出すと、千鶴の嬉しそうな笑顔にぶつかる。

けれどそれは、俺に向けられたものじゃない。


「千鶴っ! ノートさんきゅな」

前の席に座る平助が千鶴を振り返って、ノートを差し出す。

「どういたしまして」

「すっげぇ解りやすかったよ」


「本当? よかったぁ」


仲良く話す二人に、俺は一瞬眉を潜めたが、溜め息をついて誤魔化した。

「平助!」


いつもより低く響いてしまった声に、少し大人気なさを感じてしまった。

「左之さん!? 部活に顔出しに来たの?」


俺の思惑なんて微塵も気にすることなく、平助が近寄ってくる。
横目には、慌てて鞄を持って席を立つ千鶴の姿…。
「千鶴っあんまり慌てんな! 転んじまうぞ」


「だっ大丈夫ですっ」

顔を赤らめて反論したつかの間、きゃっという奇声と共に千鶴の身体が傾いた。


――!!


反射的に一歩踏み出したが、遅かった。



「……大丈夫か?」

近くにいた斎藤が、抱き留めていた。

「ご…ごめんなさいっ…ありがとう」


顔を赤らめて謝る千鶴が、何だか"女"に見えた俺は、踏み止めた一歩をいつの間にか進めていた。

「斎藤が近くにいてくれて助かったぜ」


心にもないことを言ったもんだ。

俺は心の中で失笑した。

「いえ、たまたま近くにいたというだけですから……」


控えめに告げた斎藤は、そっと千鶴から腕を離した。

「雪村はそそっかしいから…」




そそっかしいから…




目が離せない?





言葉の裏を読んだ俺は、ちらりと千鶴を見た。

困ったような顔をしながら、胸を押さえている。



――……。


俺は、いつまでいい兄貴でいればいい?
恋人のはずなのに、こいつの可愛いとこを独り占めしてないと不満だなんて、どうかしてる。





―左之助さんの優しいとこが好きです―






じゃあ、こんなことで嫉妬する俺は嫌いか?



「左之さん! 左之さんってば」


平助の声で我に帰る。


「あぁ、わりぃ。 ぼぅっとしてた…。何だ?」


「部活寄るんだろ? 久しぶりに相手してよ!」



「いいけど、手加減しねぇぞ?」


俺がニヤリと笑うと、平助は負けないぞ〜っと気合いを入れると、一足先に教室を出ていった。

「左之助さん?」

平助を目で追っていた俺を、千鶴は上目遣いで覗いていた。

「ん?」

「あの…後ろ…」


千鶴が、気まずそうに呟いた。
振り向かなくても分かったが、俺は千鶴の手を掴み、急いで駆け出した。

「てめぇ! 原田! OBだからってあんまりうろちょろしてんじゃねぇよ!」

思わず肩がすくんでしまいそうな低い罵声に、俺は距離を離してから答えた。

「土方センセ! 部活に顔出すから大目に見ろよ」


「原田ぁ! タメ口きくなって何度言やぁわかりやがるっ」


ハラハラと見守る千鶴の手を更に強く握ると、俺は急いで道場に向かった。






「左之…助さんっ…は…早い……ですっ…」


「あっ悪りぃっ」


慌てて足を止めると、止まりきれなかった千鶴が背中にぶつかる。

「大丈夫か?」


「何とか…」


恥ずかしそうに額を押さえた千鶴に、俺は問いかけた。



「千鶴…俺が好きか?」



あまりに唐突に口から出た問いに、千鶴は目を丸くしていたが、瞬く間に困った顔に変わった。
走ったからというのとは別の赤みが頬に差し、まだ整わない呼吸とは違う…溜め息にも似た息が漏れる。


「好き…です…」



「兄貴みたいだからか?」


「ちっ…違います」


「違うのか?」


俯いた千鶴の顎に手を伸ばし、真剣な目をぶつけた。


「左之助さんじゃなきゃ…駄目なんです…」


「……」


敢えて黙っていると、千鶴の目は潤んで誘う。


「左之助さんじゃなきゃ……こんなにどきどきしません……こんな近い距離も…左之助さんじゃなきゃ……左之助さんだから……どきどきします…」



あぁもう……駄目だ…。


俺は、千鶴を胸に埋めさせて呟いた。


「…お前に振り回されるのも悪くねぇな…」


「え?」


上を向こうとする千鶴の頭を押さえて、俺は溜め息をついた。


「こっち見んな」



俺としたことが…こんなことで赤面するなんて、どうかしてるぜ…。



「可愛いお前を、側で見れるのも…近くで触れられるのも…俺だけにしてくれよ」






俺をこんな簡単に捕らえられるのは…お前だけだよ。

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