薄桜鬼 小説

□潤んだ瞳は誰が為
1ページ/5ページ

「……はぁ……」



さらしを巻いて溜め息をつく。
千鶴は、胸元に手を当てて困り果てていた。



「うぅ……さらしが苦しい……」


悩んでいた胸の急な成長に、千鶴は困惑していた。




昨日は、きつくしすぎて目眩を起こして心配かけちゃったし…。



―大丈夫か?



そう心配してくれた皆に、理由なんて言えないし…。





かといって、胸が目立ってしまっては他の隊士にバレてしまう…。




「…でも苦しい……」



はぁ……



切ない溜め息を漏らして、千鶴は自室を後にした。
**********


千鶴が、手際よく朝食の準備をしていると、台所の戸がゆっくりと開かれる。

今日の朝食当番である斎藤が来たのだと分かると、千鶴は微笑んだ。

「おはようございます」


「…おはよう」

斎藤は辺りを見回して、もうほとんどすることがないことに眉を潜めた。


「今日の当番は俺の筈だが…」


「すみません…何かしてないと落ち着かなくて…」



千鶴が慌てて頭を下げると、斎藤は困った顔をした。


―謝るところではないのだが…



「お前の作る料理は美味いから…皆喜ぶ…」

そう告げると、千鶴は顔を上げて微笑んだ。






******


斎藤が手伝いをしてくれたことで、準備は終わり、後は盛り付けるだけだった。


「…は…ぁ…」


千鶴が漏らす溜め息の回数が増えていた。


―?


斎藤は、横目で千鶴の表情を伺った。

潤んだ瞳と朱みが差す頬…


―…風邪か?


箸を置いて、隣に立つ千鶴の額に手を当てる。


「さ…斎藤さん?」



―少し熱いか…



ちらっと千鶴を見ると、潤んだ瞳が見上げていた。


「!!!!!!」



艶やかな千鶴の表情に、斎藤は思わず手を離した。
「具合が…悪いのなら…無理をするな」


「は…はい…」




それから二人は恥ずかしさから、黙々と盛り付けをした。






********


「やっぱり千鶴の味付けが一番だなぁ」


「千鶴ちゃん! おかわり! 大盛りなっ!」

「新八! それくらい自分でやれ」


広間に、賑やかな声が響く。


「…はぁ…」


これだけ騒がしければ、誰にも聞こえてないだろうと思っていたのだが…


「千鶴ちゃん、どうしたの?」


「えっ?」


思わぬ方向から声が降ってきて、千鶴はどきりとした。

新八と原田に挟まれていた千鶴の正面には、斎藤、その横に沖田がいた。

「あ…いえ…何でも…」


「そんな潤んだ目で見ないでよ……誘ってるの?」


意地悪な瞳が細められる。











意味が分からず硬直していると、原田が覗き込む。



「さっきから気になってはいたんだが……お前汗掻いてないか?」



「い…いえ……あ…ちょっと暑くて…」



「今日霜が下りてたぜ」


永倉が、思い出した様に呟く。



「あ…えと…」
まさかサラシが苦しいなんて言える訳がなく、千鶴は慌てた。



「大丈夫です! ご飯だってちゃんと食べてますし」


殆ど手を着けていなかったご飯を、思いきり口に含んでいく。



そんな姿を、皆は何も言わずに見ていた。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ