薄桜鬼 小説
□全部ハジメテ
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「お兄さんっ聞いてますかっ!?」
Yシャツの裾を掴んで引き寄せると、困ったように笑いながら紅い髪の彼は"聞いてるよ"と答えた。
それに機嫌を良くした彼女は、にっこりと微笑んで話を続けたが、喉が渇いたとグラスに手を伸ばす。
「こらっそれ以上飲むなって……!」
飲むなら水にしろと言われグラスを取り上げられると、彼女は彼の胸をポカポカと叩いた。
「いくらでも付き合ってくれるって言いました〜!!」
本人は睨んでいるつもりなのだろうが、彼には潤んだ瞳で上目遣いされているようにしか見えない。
確かにいくらでも付き合うとは言ったが……。
酔いなんてとっくに覚めてしまっていた彼は、酷く悩んでいた。
遡ること2時間前……。
明日は休みだし、暑いし、ビール飲んでさっさと寝るかな……なんて思いながら歩いていると、焼き鳥の良い匂いが鼻をくすぐった。
……たまには一人酒も悪くないか……
暖簾を潜ると、彼はカウンターに向かった。
小さな店内はほぼ満席で、サラリーマンやOLで賑わっていた。
メニューを片手にタバコに火を点けると、店員がお絞りと冷茶をテーブルに置いた。
「生中とハツと砂肝を塩で」
適当にオーダーすると、ジャケットを脱いで背凭れに掛けて、Yシャツの袖を捲った。
お待たせ致しましたとテーブルに置かれたビールを喉に流し込むと、空いた手でネクタイをグイッと引っ張って緩めた。
昔は苦いだけだったビールを美味いと感じるようになるなんて……オヤジになったなぁ……なんて考えながら、ジョッキを傾けた。
すると、頭にタオルを巻いた店主が、カウンターに身を乗り出しているのが視界の端に映る。
「千鶴ちゃん! これオマケだ」
「ありがとうございます!」
店主からつくねを受け取った少女は、嬉しそうにそれを頬張っていた。
こういうとこに一人で来るような子には見えないのにな……。
そんな事を考えていると、視線を感じたのか少女がこちらを振り向いた。
お……可愛い……。
酔っているのだろう……うっすら赤く染まった頬に、大きい焦げ茶色の瞳は潤んでいた。
首を傾げてから、小さく会釈をした彼女は、何事も無かったかのようにまた前を向き、お猪口をゆっくりと傾けていった。
ほんのちょっとの好奇心。
「オヤジ、俺にもこの子と同じやつ」
ちょんと冷酒を指差すと、店主の威勢のいい返事が響いた。
荷物片手に席を移動してきた彼を、彼女は目を丸くして見つめていた。
「一人酒もいいと思ったんだが、話し相手が欲しくなってな」
"隣いいか?"と告げると、彼女はゆっくりと隣の椅子を引いた。
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