Special

□夢か現か
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「どうしたんだよ?らしくねぇじゃんか」
耳元で優しい彼の声が聴こえる。

その声が余りにも優しくて切なくて、私は重い口を開いた。
「江戸川君?」

「そうだよ。他に誰がいんだよ?」
紛れもない彼の声。
冷たい波しぶきで冷えた体に少しずつ、暖かさが戻っていく

その暖かさを感じた時、私は初めてこれが夢でも良いと、思った。

「…私ね、毎日同じ夢を見るの。暗くて黒い大きなものの側をどこまでも走り続ける夢。
毎日その夢を見ていたらそのうち、『灰原哀』として過ごしてる平和過ぎる毎日が夢で、
暗くて黒い大きなものの側を走り続けてるのが、現実なんじゃないかって…そう思ったの」

「だから、夢から覚めるのが怖いの…
夢から覚めたらまた、暗くて黒い大きなものの側を走り続けなきゃいけないから」
私は彼の暖かさを感じながら、一気に弱音を吐き出した。

夢の中でなら少しぐらい、弱音を吐いても良いでしょう?

「これは…夢なんかじゃねーよ」
私の弱音を聞いた後、ゆっくりと彼が言葉を吐き出した。

「夢じゃない?」

「夢じゃない」
彼は私の体を少し離すと、私の目をじっと見据えてはっきりとそう言った。

どうして?
どうしてそんなことが分かるのよ?

「夢じゃないなんてどうして分かるのよ?夢じゃないって言うなら、その証拠を見せて!」
彼のはっきりとした物言いが何だかとても癪に障って、私は感情を爆発させた。



そう私が言った次の瞬間

唇に優しく柔らかい感触がした



「目、覚めたかよ?」
呆然としている私に、少し照れながら彼は言った。


「…バッチリ覚めたわよ」
俯きながら私は呟いた。

「帰ろう。皆心配してる」
彼はそう言うと優しく私の右手を引いて、砂塗れの私の鞄をヒョイと持ち上げた。



また一つ借りが―
大きな借りが出来ちゃったわね…

引かれた右手をギュッと握り締めながら、私は苦笑した。




私はあなたに一生かかっても返せないほどの、借りがある

だから一生あなたの側にいてこの借りを返し続けたい

ちんけでちっぽけな私だけど
この思いだけは暗くて黒い大きな海にも負けない自信があるの


横目でチラリと大きな海を見ると
いつの間にか空に月が昇っていて、暗く黒い大きな海を明るく照らしていた。



end

次のペ−ジは後書きです。
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