Special
□道しるべ
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「なに、してるの」
瞳を開いてゆっくりと上半身を起こすと、そこには良く見知った顔があった。
今、最も見たくない、顔。
「なに、やってるのよ」
「…」
意志の強いダークグリーンの瞳を避けるように、フイと顔をそむけた。
答えたくなかった。今、口を開いたら、恐らく彼女を傷つける言葉しか出ては来ないだろうから。
「ひどい顔」
「あん?」
「重症」
ふいに白いハンカチがあてがわれると、口元に鈍痛が走った。
「…って」
無意識のうちに唇を噛み締めていた、らしい。
確かにきれいにざっくりと切れた唇にも気付かないなんて、重症かもしれねぇな。
赤く、赤く、染まるハンカチを見ながら、自嘲の笑みが浮かぶ。
「ここ、良いところね」
ふいに、突然、前触れなく思いもよらない言葉が、彼女の口から飛び出した。
「は?」
とりあえず、どこがだよと、続けようとすると、灰原はその言葉を遮るかのように、乱暴に手足を投げ出して河原に寝そべった。
「私は好きよ、こういう場所」
「あ、っそ」
何とはなしにそう答えると、再び手足を広げて草村に背中をあずけた。
灰原の言動は良く分からない。普段も、もちろん今も。
なぜ、ここに来たのか。なぜ、この場所が分かったのか。
なぜ、何も聞こうとしないで、俺の隣で無防備に寝転んでいるのか。
そのダークグリーンの瞳は、何を映しているのか。
灰色に包まれた夜空からは、白い粉雪が、1つ、また1つと舞い落ちていた。