Special
□道しるべ
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ひらひらと落ちる白いそれを追って、広大な夜空を見つめると、何だか吸い込まれそうで。
頬にあたる、冷たい感触。
曇る、眼鏡。
「帰りましょう?」
「あなたには帰るべき場所が、あるはずよ?」
小さく静かに呟かれたその言葉。
その凛としたダークグリーンの瞳は夜空を射抜いたままで。
けれど、氷のように冷たい彼女の手はいつの間にか、俺の手の中に滑り込んでいた。
自分と同じくらい冷たくなった小さなその手を、握り締めていると。
まるでそれは、自分の手を握り締めているかのような、感触で。
乱れた心がほんの少しずつ、穏やかになっていく。
この胸の、内側に出来た水たまりはそう簡単には、消えないかもしれない。
この大き過ぎる水たまりを消す力は、自分にも、彼女にもないのかもしれない。
けれど。
「灰原」
「何」
「べつに」
変な人…と半ば呆れながらも、背筋を伸ばして雪空を見上げる彼女の姿は、まるで。
道しるべみてぇだな。
思わず口元が、緩む。
間違った道を進もうとしたときにはどうか、俺を、まっさきに叱ってほしい。
その、半分呆れた口調で、馬鹿ねと言って、小さな手を差し伸べてほしい。
弱虫で駄目な俺の、背中を叩いてほしい。
道しるべを、暗闇の中で無意識のうちに求めている俺は、もう。
しるべなしでは生きられないのかも、しれない。
end