Special

□散り華
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普段ならお金が余分にかかるこの乗り物には、決して乗らないのだけれど。

今日だけは、どうか。

早く早く、間に合ってほしい。



そもそもあの依頼人が全ての元凶だった。


まだ少しだけ湿っぽい黒い帽子を取りながら派手な服装に横柄な態度の同年代の女性を思い出して、長く溜め息をもらした。


浮気調査は出来ないと何度も電話で断ったはずなのに。

事務所まで押しかけて大金を積んで一向に帰ろうとしないその依頼人の処置に、二人とも追われてしまって。

仕方なく女性――志保だけ先に目的地に行くことになったのだ。


その上、予定時間を二時間もオーバーした外出はトラブル続きだった。

家を出ていくらもしないうちにやって来た大きな黒い雲と、夕立ち。

そんな突然降りだした夕立ちにも、もろともせずその歩みを進めた志保だったが、行く先々のバス停でいくら待っても目的のバスは来なかったのだった。



間に合うかしら…。

何度も確認したはずの腕時計に再び目を落とす。

予定時間をすでに三時間ほどオーバーしていた。


今となって何度も思い起こすのは、医薬品の匂いがする白い部屋の中でじっと天井を見つめていたあの顔。

昨晩見たあの気丈に振る舞いながらも不安の影を隠し切れていなかった、表情。



せめて一言だけでも。

焦る気持ちを抑えるように胸元をぎゅっとつかむと、見慣れた四角い大きな建物が視界に飛び込んで来て、銀杏がトレードマークの志保愛用の財布からお札を引き抜いた。


ゆっくりと車体が静止すると、後部座席から身を乗り出した。


「お釣りは結構ですので」


運転手にお札を手渡すと、志保はその身を躍らせて病院へと駆け込んだ。
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