Special
□散り華
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体が覚えるほど足を運んだ病室へ疾風の如く駆け付けると、そこでは既に数人の看護師と医者が忙しなく動いていた。
「おかあ、さん」
枕元に駆け寄ると額にしわを寄せながら、弱々しい声がもれ聞こえた。
志保の顔を見て安心したのか、うっすらとその瞳に涙が浮かぶ。
「ばかね。お母さんはあなたでしょう?弱気になってどうするの」
看護師の指示に従いながら大きく深呼吸を繰り返す新たな母親の額には、汗の粒が溢れ出ていた。
「いつから?」
「今、始まったばかりです」
ベッドをはさんで反対側から、右手を握りながらも心配そうに顔を覗き込む娘婿である義理の息子が、志保に告げた。
水色のハンカチで額の汗をぬぐってやりながら無防備に硬直した左手をそっととると、予想以上の力で志保の手を握り返した。
「分娩室に移動します」
看護師の声に続いてカラカラと音を立てながらその体が運ばれていく。
左手を握りながら運ばれる体と共に、足早に分娩室へと急ぐ。
分娩室の前で産科医が足を止めると、志保と息子に慈悲深い笑みを浮かべた。
「ご心配なく。何も問題はありませんから」
連れ添う看護師も優しい笑顔を見せたその時、廊下の端から大きな足音が近づいてきた。
「お義父さん!」
「あなた…」
乱れた背広姿の新一が肩で息をしながらも、志保の隣へ駆けつけた。
「頑張れ、お前なら大丈夫だ!ホームズがついてっから」
新一がその頭を軽く二三度ポンポンと叩きながら呟くと、苦しそうな表情がそっと和らいだ。
「いって、きます」