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□sweet greeting
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ともかく気がすむまでやらせとくしかねぇか、と諦めて嘆息し、恋次は仰向けに寝転んだ。


―――‥‥のだったが。

顔を見せないどころか、声も掛からない放置が更に一時間以上続いた頃、さすがに恋次の我慢も限界に達した。
いくらなんでも、無体に過ぎるというものだ。

「――おい石田!いつまで籠ってやがんだよ!」

痺れを切らして怒鳴りつけるが、雨竜の返事は返らない。
この期に及んでの無視にとうとうキレて、恋次は勢いよく引き戸を開け放った。

「!ちょ、何っ‥‥」
「いい加減にしろ!いつまで――‥‥?」

慌てた様子で振り返る雨竜へ叱り付ける口調で言いかけた言葉が、不意に途切れた。
引き戸を開けた途端に広がった甘い匂いと、いつになく雑然とした状態の台所。
そして雨竜がさり気なく背に隠した、見慣れない何かが恋次の目に飛び込んで、続けるべき言葉が出てこない。

「‥‥‥何やってんだ、お前?」

とりあえず、改めてそう訊いてみた。

「何‥‥って、‥‥料理に決まってるだろ‥‥」
「メシじゃねえだろ。何だ、そのけったいな丸い茶色いのと白いヤツ。んで、それ、苺か?」
「――けったいで悪かったな。作りかけなんだよ。‥‥完成するまで見せたくなかったのに」

そう眉を寄せて嘆息する雨竜はどこか決まり悪そうな表情で、恋次はますます困惑する。

「だから、何なんだよ、これ?菓子か」
「完成品は君も見た事あるはずだけど」
「んな事言われてもわかんねぇよ」
「‥‥‥‥ケーキ」
「――けぇき?」

ぽかんと繰り返し呟いて、恋次は俄かに思い出す。
それは確かに以前こちらで食べた覚えのある菓子の名で、改めて目の前の食材を見れば、なるほど、ソレを形成する材料なのかとわかる気もした。

雨竜が没頭していたのは、ケーキ作りだった。それは、わかった。
だがしかし――、

「なんでいきなりケーキだ?」

問えば雨竜は気まずげに視線を逸らし、誤魔化すように手にした泡立て器でクリームのボゥルを掻き混ぜる。

「おい。ここまできて黙秘もねぇだろ。教えろよ」
「‥‥‥‥」
「石田?」
「‥‥‥誕生日」
「‥‥‥‥は?」
「誕生日、なんだろ、今日」

ボゥルに視線を落としたまま、ボソリと呟くように言う雨竜に、恋次は再びぽかんと口を開けて彼を見た。

「い‥‥言っておくけど、これは僕が急にケーキ を作ってみたい気分になったから作ってるんであって、こっちの誕生日はケーキを食べるものだとか全然関係ないから!前に君が美味しいって言ってた生クリームのケーキなのもたまたま材料が安かったからで、別に君の誕生日を祝いたいと思っての事なんかじゃないからな!」

仏頂面を真っ赤に染めて一気にそうまくしたてた雨竜は、呆気に取られた恋次にくるりと背を向け、物凄い勢いでボゥルの中身を掻き混ぜだす。

「だいたい死神のくせに誕生日があるとかどういう事だよ、そんなのあるなんて知らなかったし。ちゃんと言っておいてくれなきゃわからないじゃないか」
「‥‥あー、いや‥‥」
「なんで君はそう無頓着なんだ。それとも僕に知らせる必要なんか感じなかったっていうのか?」
「つーかよ、おま‥‥」
「向こうで朽木さんとか仲間の死神に祝われるから別に要らないっていう話なのか、そうかそういう事か、そうなら――」
「はっ?ちょ、ちょっと待てオマエ、何言ってんだ落ち着け!」
「僕は落ち着いてるよ、十分!!」

ガンッ!と音を立ててボゥルを流し台に叩き付ける勢いで置いた雨竜を、恋次は慌てて背後から両腕に抱き込んだ。

これだけ感情を爆発させておいて、何が“落ち着いてる”だ。

「わかったから、もう黙れお前」
「何がだ!離せよっ!」
「離すかよ。つーか暴れんな、わかったっつったろーが」
「だから、何が‥‥!!」
「悪かったよ、オメーの満足いくように祝わせてやれなくてよ」

――途端、抱きすくめた細い身体が、ぴたりと動きを止めた。

「‥‥教えとかねぇで、悪かった。俺の誕生日、祝ってくれたかったんだろ」
「‥‥‥‥」

囁く恋次の腕の中で、徐々に力を抜いて項垂れる雨竜の首筋は真っ赤に染まっていて、触れる身体もやけに熱い。

それに密やかに苦笑して、恋次はやっと大人しくなった身体を改めて抱き締め直す。

「もう何十回目だかもわかんねぇ誕生日なんか、今更気にしなくなっちまってたからよ。忘れてたんだよ、俺も」
「‥‥でも、朽木さんは知ってて、覚えてたんだろう?」
「まぁ、付き合い長いからな、あいつは」
「わかってる。けど、君の周りの人達が君を祝うのを、僕だけが知らずにいたかもしれないのは、やっぱり、‥‥嫌だったんだよ」

弱々しい小声になりながら告げられた言葉に、恋次は「バーカ」と笑って返し、俯く黒髪の頭に口付けた。

「てめー以外にあてなんかねぇよ。惚れた相手に祝われる以上に嬉しい事あるか」

言って、抱き締めた身体を振り向かせれば、バツの悪そうな表情で視線を逸す雨竜の顔はやっぱり赤く染まっていて。
すでに十分やられてるというのに、その顔は更に恋次をたまらない気持ちにさせた。

「なぁ、ケーキも食わして貰うけどよ、俺の欲しいモンもちゃんと寄越せよ」
「え。な、何――」
「おまえ。しかねぇだろ。もう勘弁っつーくらいしてやっから覚悟しとけ」
「なっ‥‥」

絶句して見返してくる瞳へニヤリと笑んでみせた恋次に、雨竜はこれ以上ないほど真っ赤になって俯き、そして。

「‥‥あ、明日」
「あ?」
「明日から、学校、だから、‥‥その」
「だから?」
「‥‥‥起きられなかったら、責任取ってもらうからなっ」

上擦った声でそう言ってから、羞恥に潤んだ眼差しでキツく恋次を睨みあげ、噛み付くようなキスをした。



拗ねる気持ちを表す事すらストレートに出来ない雨竜に、とことん素直じゃねえなと呆れた。
それと同時に、それでも自分の為に祝福をと想い、彼なりの精一杯でしてくれた事が、その心が、嬉しくて、愛しい。

「そうだ、まだ言ってなかった」
「ああ?」
「‥‥誕生日、おめでとう。恋次」
「‥‥おうよ。ありがとな」


告げられた、何の変哲もない祝福の言葉も、彼からのそれはひどく恋次の胸を熱くして、

甘やかに響き耳に溶けた。








 

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