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□追憶の色彩
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桜吹雪の薄紅色と、鮮やかなオレンジの髪色。
目を奪われたものは、どちらだったか。




追憶の色彩 





始業式の朝。
あれから、一年。


「うーッス石田ぁ」

背後から掛けられた、爽やかとは言い難い間延びした調子の挨拶に、雨竜は眼鏡を押し上げながら振り返った。

「‥‥おはよう。随分早いんだな、今日は」

いつも余裕を持って登校する自分と始業ギリギリの登校が常の一護が、教室でなく校門前で鉢合わせする事など、滅多にない。
雨でも降るんじゃないのかと揶揄すれば、言われた相手はデフォルトの仏頂面を更に顰めた。

「ホンット可愛くねー事ばっか言うなテメーは」
「それはどうも。可愛いなんて言われたら鳥肌が立つよ」

間髪入れずに言い返せばより一層不機嫌に顔を歪ませる彼の隣りに並び歩き、雨竜はふとその明るい色の髪に目を留めた。
柔らかそうな橙色を整髪料で立てたそこに、薄いピンクのひとひらが混ざっている。

「‥‥髪に花びらついてるよ、君」
「え?」
「桜の花びら」

きょとんとした一護に指で指し示せば、払おうと片手で頭を混ぜっ返すが花弁は落ちない。

「取れたか?」
「まだついてるよ‥‥。ていうか、今ので混ざっちゃって埋もれてる」
「あれ?‥‥つかお前、見えてんなら取ってくれ」
「えっ?」

――そこで動揺したのは失態だ。
上擦った反応を怪訝な顔をした彼に見返され、雨竜は誤魔化すように慌てて眼鏡を押し上げる。

「石田?」
「と、取るよ、取れば良いんだろう!」
「‥‥何でキレてんだよお前?」

すっと目の前で軽く屈まれて、仕方なくその髪に指を伸ばした。
暖かな夕日色。ワックスのベタついた感触は思ったほどでなく、思った通りだった柔らかい猫っ毛の質感が指先を擽る。

「‥‥取れたよ」
「おう、サンキュ」

軽く答えて再び歩き出す一護の背中を雨竜は目を細め見送って、そして思い出す。



――あの日もこんな晴天の下、満開を過ぎた桜の花が、穏やかな風に花弁を空へ舞わせていて。

人並外れた霊圧を感じ取り、視線を向かわせた先に、彼は居た。
校舎へ向かう後ろ姿。真新しいグレーの詰め襟。最初染めているのだと思ったオレンジ色の頭髪は、色味の派手さに反して柔らかな印象で、不思議と好ましく目を惹いた。
あれだけの霊力を垂れ流しにしておいて、よく今まで無事でいられたな。
そんな感想をもって長身の友人らしい男と並び歩くその背を注視していると、どこから涌いたかあからさまにガラの悪い連中が彼らに近付き絡み出した。
不穏な空気を感じて周囲の生徒達が遠巻きにする中、オレンジ髪の彼がチンピラ学生を足蹴にしたのをきっかけに、全く無関係そうな男子生徒を巻き込んで、事態はあっという間に乱闘騒ぎへと発展する。誰が止めに入る暇も無かった。
急転直下の展開に唖然としつつ、どういう奴だ、と溜息混じりに雨竜は思う。
砂埃を舞わせて、両手に余る人数を相手に暴れる彼と彼の友人。喧嘩慣れしているらしい事は、初手の動きから見て取れた。自分がでしゃばるまでもないだろう、おそらくすぐに片は付く。
そう判じて見守る騒乱の場に、突然、春らしい強風が吹き抜けた。
桜吹雪の薄紅色が、風に煽られて辺り一面に降り注ぐ。その風景の中にある、鮮やかなオレンジの髪色。
その色彩に、雨竜は一瞬確かに目を奪われた。
舞う花弁など目もくれず、邪気たっぷりな笑みを浮かべて暴れる彼の髪に混ざる、淡い桜色。そこから何故か、目が逸らせない。
すべてが終わり、その場所から彼の姿が消えた後も、その風景は忘れられず雨竜の脳裏に焼き付いて。
 
――あの日遠く見つめるだけだった、色彩。それが今は、すぐ眼前にある。触れさえもできるほどに、近く。
手を伸ばせばそこにある、そんな距離にその風景を見る事が叶うなんて、思いもしなかった。一年前の、あの時には――。



「石田ぁ?何ボーっと突っ立ってんだよ」

掛けられた声にハッとして顔を向けると、先を行っていた一護が立ち止まり、訝しげにこちらを見ていた。

「まだ寝ぼけてんのか、実は」
「‥‥何でだよ。ちょっと考え事してただけだ」
「ふぅん?」

まだ微妙に疑わしい目で見てくる一護の横を、雨竜は足早に歩いて追い抜く。
去年騒乱の場となった広場にたどり着き、去年と同じく立てられたクラス分けのボードを見上げる。後からついてきて同様にボードを眺めた一護と雨竜の目が止まったのは、ほぼ同じ場所だった。
2年3組の生徒一覧。一番上に記された石田雨竜の名の二つ下に、黒崎一護の名前はあった。

「‥‥また俺ら3組な」
「‥‥みたいだな」
「あー‥‥まあ、何つーかあれだ‥‥今年もよろしく?」
「‥‥言い淀んだ上に疑問形か?本当にムカつく奴だな、君は」

渋面をつくり眼鏡を指で押し上げて、雨竜は軽く隣を睨む。それをムッとしたように唇を尖らせて睨み返してくる一護。彼との距離は、きっと今がもっとも近い。
憎まれ口を叩き合い、時には共に戦って、触れる事さえもできる今。
近すぎる距離に時折戸惑う事すらある、こんな関係を望んだわけでは無かったはずだ。けれど今となってはもう、それを心地よく思う気持ちを否定できない。
もしかしたら一年前、あの色に魅せられた時から、何もかも決まっていたのかも。
思わず深く溜息を吐いた雨竜を誤解してか、一護がますます顔を顰めた。そんなにイヤかよ、と拗ねた口調で呟かれ、違うよこっちの事だと苦笑して、

「まあ、こちらこそよろしく」

そう珍しく素直に返った言葉を聞いて、目を瞠った一護の頬に朱が差した事を雨竜は知らない。

吹く風に舞う薄紅が、その目を奪っていたから。











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破面編終了前に書き出してた話なので一護は死神のまま二年生に。なんで、パラレルとしました。目指したのはリリカルセンチメンタル。←

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