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「もう十五年前になるか。石田が祖父と共にこの島へやってきたのは」

手ずから淹れた茶を口元へ運びつつ、静かな声でルキアは語った。
「宗弦殿は元々この島の人間でな。五十年振りの帰郷だったそうだが、当時暮らした家はまだ残っていた。石田と二人、今のあ奴と同じ織物業で生計を立て、五年ほどはそこで暮らしていたのだが‥‥」
そこでルキアは言葉を区切り、宗弦殿が亡くなった経緯は知っているな、と一護を見た。一護は無言で頷く。
それを一護に血を吐くような叫びでもって告げたのは、他ならぬ雨竜自身だ。
「祖父をあんな形で亡くしてから、石田は家からほとんど出なくなってしまってな。まさに殻に閉じ籠るというやつだ。それを案じて色々構ってやったのが、向かいの家に住んでいた恋次だ」
「ご近所さんだったわけか」
「まぁな。あ奴も幼い頃に身寄りを亡くしているから、独りきりになった石田を放っておけなかったのだろう。どんなに石田が突っ撥ねようと、よく面倒を見ていたな」
開け放った窓の外、広がる青い海へと遠く目をやりながら、ルキアは手の中の湯飲みをそっと握る。
「頑なだった石田も次第に恋次へ心を開き、今ではお互いが唯一の家族だ。‥‥恋次の件でひどく取り乱す石田を、お前も見ただろう?」
「‥‥ああ」
「石田はもう、二度と家族を失いたくないのだ。恋次もそれをよくわかっている。あ奴らの絆は強いよ。‥‥だから一護」
止めておけ――。
真剣な瞳にそう言われ、一瞬返す言葉を無くしてしまったのは、一護の失態だ。
「‥‥‥な、何の事だよ?俺はただ、」
取り繕うよう笑っても、ルキアの視線は容赦ない。
「ただ患者について知りたかっただけ――か?お前はすでに、恋次以外の島民を何人も診ているだろう。彼らの誰にも踏み込んだ興味を示さなかったお前が、あ奴らだけは医師として知りおかねばならぬ事があると?」
「‥‥別に、俺は」
「お前がこの島を気に入ってくれて、この島でずっと医師を続けようと考えてくれて、私は嬉しいよ。だから言うのだ。島の人間は結束が固い。余所者がその結束に楔を打つような真似をすれば、好意はとたんに排斥に変わる。‥‥この島から、再び医師を奪わないでくれ、一護」
どこか痛ましげな眼差しで一護を見つめた目を伏せて、ルキアは黙り込む一護を置いて静かに診療室を出ていった。


一人残された部屋で、一護は深く溜息を吐く。
わかっていた。あの二人の間に、入り込めない絆がある事は。それを周囲の人間が、当然のこととして受け入れている事も。
わかっていても止められない想いを、一護はすでに雨竜に対して抱いてしまっている。
ルキアに釘を刺された意味を、大袈裟だと笑う事はできない。けれどこの想いを無かった事にすることも、今更できはしなかった。



行き場の無い感情をどうすべきなのか、答えは出ないまま季節は移ろう。
一護が島を訪れた初めての夏が、終わろうとしていた。





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