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□陰り月夜の雨
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音もなく降り出した雨に、地に伏す黒装束が濡れそぼってゆくのが霞む視界の向こうに映る。
その体から流れ出す血の赤が、地面に滲み広がっていく。
かれの魂が。いのちが。流れ出してしまう。

「く、ろ、さき‥‥っ、返事、しろ!!」

鉄の味がする口から声を絞り出して呼び掛けても、いらえは返らなかった。

焦燥感と恐怖に、身体が震える。
自身の痛みよりも、目の前の消えゆく命に戦慄して、震える。

自分の傷は致命傷ではない。放っておいても死にはしないだろう。
だが、彼は。

黒髪の死神が言った言葉が確かならば、鎖結と魄睡を貫かれた一護は、死神でなくなる。
こんな所で単なる整の霊体に成り下がって、因果の鎖は繋がっているのか。千切れていたとしたら、霊力を失った魂魄が保つのか。
あのままにはしておけない。身体に戻さないと。

ギリッと奥歯を噛み締め、雨竜は重い四肢を気力で立ち上がらせた。
霊体の一護を助けることができるのは、今、自分だけなのだ。




「無理しちゃいけませんよ石田サン」

唐突に掛けられた声に振り向き、雨竜は目を見開いた。

「――あ、なた、は」
「先日はドーーモ。ご挨拶遅れました、浦原喜助 と申します。最後の滅却師サン?」

時代錯誤な番傘の下で帽子を軽く持ち上げながら、男は名乗って歩み寄った。
黒い合羽の肩には黒猫を乗せ、雨音の中に下駄を鳴らしながら飄々とした体で現れた男は――死神だ。

雨竜は無意識に顔を歪める。

黒崎一護に挑んだ勝負で町を虚で溢れ返らせた挙句、予想もしなかった大虚の出現を招いてしまった、あの日あの時。
この巫山戯た風体の男とその身内にも、自分の起こした騒動の収拾を付ける手を借りる羽目になったのだ。引け目がある。
それを承知の上でだろう含みのある言い方が気に
触ったが、今はそれ以上に、不審感が募った。


何故今ここに、このタイミングで、この男が現れるのか?

「斬られましたねぇ。まぁ浅いですが。刀傷負った学生さんが夜中にフラフラしてちゃ、お巡りさんに職務質問されちゃいますよン?」

ヘラりと場違いな笑顔で言うが早いが、男の手の平が雨竜の口許をガッと掴み、丸い何かを口内に押し込めた。
あ、と思う間も無く飲みこまされてしまう。

「っぐ‥‥!!? ‥‥な、何をッ‥‥!!」

雨竜が振り払う前に男の手が離される。

「薬っスよ、ク・ス・リ。心配ご無用、浦原印の特効薬っスから」
「勝手に‥‥ッ!!」
「今日のところは黙って治されといて下サイ。言い合ってる場合じゃあナイですし」

言って浦原は雨竜の傍らを通り過ぎ、伏して動かない死覇装に近寄った。

確かに、今は。黒崎の状態は一刻を争う。

雨竜は不快感を飲み込んで浦原を見守った。
番傘を差し掛け片膝をつき、一護の身体に手を翳すその背中が、言う。

「――大丈夫。借り物の力を壊された程度じゃ死にませんよ、この人の魂魄は」

死なせない為に今一護に施されているのは、朽木ルキアが与えてきたそれと同じ力――鬼道だ。
 
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