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□恋うる君より花束を
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“花より君が綺麗だよ”
――なんて、いつの時代のナンパ男の台詞か、と思う。
そんなキザにも程がある臭い言葉を俺は死んでも口にしないし、大金積まれて頼まれたって言いたくない。
‥‥だけど。
決して言ったりしない、けど。

思っちまうのは、仕方ない、よな?








恋うる君より花束を







知り合いもいない三年の為の卒業式に、思う処なんか何もない。
ましてや式典の裏方として雑用にこき使われるとあれば、いっそ迷惑この上ないとすら思う学校行事だ。感慨も何もあるかってんだ。
さんざっぱら働かされて式も終わりに近付いた頃、漸く御役御免になった俺は教室へと足を向けた。
荷物を取ったらさっさと帰ろう。腹減ったし。どっか寄って食ってくかな。
そんな事を考えながら教室の扉を開くと、空だと思った室内に見知った人物があって驚く。

「あれ?石田?」

グレーの詰襟をきちんと着こなして姿勢よく立つ細身の後ろ姿は、見間違いようもなく石田雨竜だ。

「何で居んだ、お前。式出てたのか?」

声を掛けると、妙にぎこちない動作で奴が振り返る。‥‥物凄く嫌そうな顔で。

「‥‥君こそ何で今日来てるんだ黒崎」

何でいきなり睨まれなきゃなんねぇんだよ‥‥。
曲がりなりにもオツキアイしてる筈なのに、こいつの俺への態度は以前とまるで変わりがない。
別に愛想振りまけなんざ思わねぇけどさ、せめて普通のカオしろよ。軽くヘコむだろ。

「雑用させられてたんだよ。オメーはあれか、卒業生の送り出しか」

石田の、手芸部部長の肩書きを思い出してそう言った。
帰宅部の俺には縁もゆかりもないが、部活をしてる奴にとって先輩の卒業式は無視できないイベントだろう。
石田は溜め息を吐いて眼鏡のブリッチを押し上げた。

「まぁそういう事だよ。‥‥苦手なんだけど、こういうの」

言って石田は、ばつの悪そうな表情で机の下からかさ張る何かを持ち出した。
――それは、両腕で抱えるほどの、大きな花束。

「女の子が渡す方が喜ばれるに決まってるのに、何だって僕がこんな事‥‥」
「――‥‥それ、何て花だ?」

花を抱く石田に歩み寄りながら、尋ねた。

「チューリップとガーベラと、黄色いのはミモザ、かな。細かいのは知らないけど‥‥」
「ふぅん」
「‥‥なんだよ。君、花に興味あったのか?」

花に興味は別に無い。

でも花を抱くお前には惹かれる、なんて言ったら、どんな顔するかな、お前?
白のチューリップに黄色のミモザ。オレンジ色のガーベラと濃い緑の葉の優しいコントラスト。
それは、端整だけどキツい顔立ちの石田の印象を、柔らかくしてくれる取り合わせな気がした。

「悪くねぇよ」
「は‥‥?」

訝しげな表情で見つめてくる石田の傍へ立って言う。

「喜ばれるだろ。俺なら石田に貰ったら、嬉しい」

ていうか、石田にこれを手渡される奴が正直少し羨ましい。
苦手だ、とか言ったって、こいつは結構義理堅いから、きちんと礼を尽くすんだろう。

ちょっとはにかんで“おめでとうございます”とか笑って言ったりするのかな。
‥‥‥‥少しじゃねえ、かなり羨ましいな、それ。

「君が喜んだって仕方ないだろ」

石田はぼやいて顔を逸らしたけど、その頬が微かに赤らんでいるのを俺は見逃さなかった。
抱えた花に埋もれるみたいな状況がまた相乗効果で、やけに可憐に見えたりして。
ヤバい。可愛い。
その顔はお前、反則だ。
‥‥俺は尻のポケットに突っ込んでいた携帯をそっと取り出して、視線を外した石田の顔を盗み撮った。

「っ!!? な、何‥‥撮ったのか、今!」

シャッター音さえなきゃバレなかったのに。
って、痴漢盗撮魔か、俺は。
 

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