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□ひなまつり
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※未来捏造。カプ話ではないのでご注意を



ひなまつり





3月4日。
金屏風を畳んで、お内裏様とお雛様を箱にそっと納めて。
ゆっくり丁寧に、雛人形達を箱にしまい終えた。
いつも遊子と一緒にやっていた後片付け。
今年はあたし一人。
あたしの為だけの、雛祭りだった。

「夏梨、そろそろ時間だぞ」
背広姿の一兄が、ネクタイを緩めながら居間に顔を覗かせた。
「片付け終ったか?」
「ん、今終った。物置にしまうのだけ頼むね」
一兄はひとつ頷いてから、雛飾りの納まった年季の入った箱達を軽く撫ぜた。
「…ついに見納めか、お前らの雛飾り」
呟きみたいなその声が寂しそうに聞こえて、何だか胸が痛い。
「遊子が出てって、こんなにすぐお前まで出てっちまうとは思ってなかったな」
そうだね、一兄。
あたしもびっくりだよ。
いつまでもずっとこの家で、遊子とあたしの雛祭り、やってるような気がしてたのは、ついこないだまでそうだった。
だけどあたしはこの家を出て、遠くの空の下で待つあの人の元へ行こうとしてる。
「支度、済んでるんだよな?」
「いつでも出れるよ。悪いね、夜勤明けなのに送ってもらっちゃって」
「ばぁか、気にすんな。つーか見送りくらいさせろ」
暫く会えないんだからな、と言ってあたしの頭を撫でるその手の優しさに、ちょっとだけ泣きそうになる。
あたし達家族はずっと、この手に護られてきた。
「親父には?」
「昨日のうちに済ませたよ。絶対泣いて引き止めちゃうから見送りはしないって言うからさ、このまま行く」
「まぁ無理ねぇな」
苦笑する一兄に、訊いてみたくなった。
「一兄もさ、引き止めたいとか思ってんの?」
あたしの軽い口調に、一兄は思いっきり顰めっ面になった。からかってんじゃねえよと、額を小突かれる。
何だよ。結構マジで訊いたのに。
拗ねた気分で背を向けると、
「…相手があいつじゃなかったら、絶対行かせたりしねぇな」
ぼそりと、低い声で一兄が言ったのが、聞こえた。
…ったくさ、うちの男共は、ホント娘にベタ甘だよな?
「…ねぇ!一兄にも言ってやろっか、定番のアレ!」
「はぁ?何だよ」
「お兄様、ここまで育てて下さって…」
「ばっ…!馬鹿やめろ泣かすぞてめぇ!!」
――いや、あたしが泣かしてやろうと思ったんだけど。
…まぁいいか。すでに何か泣きそうだし一兄。
「冗談だよ。号泣されんのはヒゲだけで十分だしね」
「…お前あんまり追討ちかけんなよ。後が面倒臭ェだろ」
眉間に深く皺を寄せて頭を掻く一兄に、これからの苦労が偲ばれた。
当分は泣き暮らすんだろうな、あの親父。遊子の時がそうだったもん。
あたしは改まって一兄を見上げた。
「親父の事、頼むね、一兄」
ぶっちゃけウザい時の方が多い、暑苦しいバカ親父だけどさ。
大好きだった。
大好きなんだ、これからも。
一兄は、力強く笑って頷いてくれる
「おう。心配すんな」
大人の男になったのに、あたし達を安心させてくれる笑顔は全然変わんないんだ。
「あと、これも。お母さんの形見でもあるんだからさ。大事に取っといてよ」
雛飾りの箱達を見ながら言った。
お母さんからあたし達に受け継がれた雛人形。
大事な思い出だ。
「遊子が、年に一度は虫干ししろって言ってたから。頼むね」
「俺が一人で雛人形出すのかよ」
嫌そうな顔をする一兄に笑う。
大の男がお雛様って、しかも一兄のガラじゃないよな。
「石田さんに頼めばいいじゃん?黒崎家の大事な嫁だし」
言いながら想像した。
あの端正な細面が、慎重な手つきで雛人形を扱う所。
――似合う。あたしなんかより似合いそう。
一兄はますます嫌そうな顔になって、アイツに頼むと後が、とか何とかぼやいた。
…ていうか、嫁ってとこは突っ込まないのか。いいけどさ。一応男なんだから、そこは否定してやんなよ一兄…。

「あ、ヤバい。時間」
ふと見上げた時計の針は、出発予定の時刻をさしていた。
飛行機乗り逃すとか有り得ない。急がなきゃ。
「ああ、もう行くか?」
尋ねる一兄に頷いて、ボストンバックを手に持った。
車回しとく、と言って先に出た一兄を追い居間を出ようとして、足を止める。
片付けられた雛飾りを見返った。


清楚で、綺麗で、好きだったよ、お母さんの雛人形。
今までありがとう。
祝ってくれて、ありがとう。
今年が最後の雛祭り。
バイバイあたし達のお雛様。

あたしは今日から、大人になるよ。




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つい出来心でスミマセン…!!m(_ _)m
あえて語らず。シスコンな一護は大好きです。

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