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□うたたね
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うたたね 




天気予報が五月中旬の陽気だと告げた、麗らかな暖かさの午後。

とにかく俺は眠かった。

昨日は久し振りに立て続けて現われた虚退治に一晩中街を駆け回り、漸く布団の中の身体に収まったのは明け方で。
ろくに寝てねぇ。
なので死ぬほど眠い。
それでも授業中居眠りしなかった俺えらい。
おっかしーよなー‥‥。肉体はちゃんと寝てんのに、何で寝不足になんかなるんだ。

家に帰るまで保つ気がしないっつーか保たせる気力もなかったので、一眠りしてから帰るつもりで屋上に上がって給水塔裏に寝転んだ。そこまでで、限界で。
陽射しあったけーなと思った次には、俺はすとんと深い眠りに落ちた。


***


「‥‥黒崎?」

声がする。俺を呼ぶ声。

「寝てるのか‥‥?」

見りゃわかんだろ。爆睡中だよ、起こすなよ。

「よくこんな所で熟睡できるな、全く」

こんな所って、屋外って意味か。
結構気持ちいいんだぜ。今日なんかあったけーし、絶好の昼寝日和だろ。

「まぁ‥‥昨日はよく働いてたからね、君」

よく知ってんな。
お前そっか、石田か。

「‥‥‥‥」

石田がすぐ側に座った気配を感じる。
なんでだろう?
起こすでもなく立ち去るでもなく黙って隣にいるなんて。
ああ、でも、なんかいいな、こういうの。
確実に気配を感じて、だけどそれがちっとも邪魔じゃない。
不思議だ。
石田にとって俺は敵に等しい存在だった筈で、俺にとっての石田だって、いけ好かない格好つけヤローだったのに。
いつの間にかツルむのが普通になって。
気が付けばいつも隣にいて欲しいと願う相手にまでなった。
お前もそうだと良いんだけどな。
今ここに居てくれてんのは同じ気持ちがあるからだって、そう思うのは俺の自惚れか?
なぁ、いしだ‥‥。

「何、‥‥黒崎?」

棘の無い柔らかな呼び声が嬉しい。

「寝、言‥‥?って、きみ何の夢見て‥‥」

焦ったみたいな口調が可笑しい。

「‥‥‥なんで笑ってるんだよ‥‥」

困ったようなその呟きを、お前はどんな顔して言ってんのかな。
少し拗ねたような表情が脳裏に浮かんで、無性に顔を見たくなった。
だけど瞼が重くて目が開かない。
起きろよ、俺。
起きて石田をちゃんと見ろ。
眠る俺の隣で、こんな穏やかな声で喋る石田の表情が見てみたい。
俺を見ている石田が、見たい。それなのに。
‥‥ああ、ちくしょう、ダメだやっぱりすげー眠い。

「‥‥日が陰ってきてるよ、黒崎」

石田の声が遠くなる。
もっと聞いていたいのに。

「風邪引くぞ。黒崎、‥‥黒崎?」

起きたらまだそこに居てくれるかな。
居てくれよ。
それで、さっきの顔して見せてくれ。
って、無理だよな。どうせ顔合わせりゃまた可愛くねー事言うんだろ?
‥‥それでもいいか。
なぁ、もう少しだけ寝るからさ、お前起こしてくれよ、石田。
さっきみたいに呼んで、できればちょっとだけ、笑って‥‥、


***


散々寝こけて目を覚ましたら、何だか空が曇ってた。
肌寒いまではいかないまでも、ぽかぽか陽気は去っていて。
春の天気は変わりやすいか。せっかく気持ち良く寝れたのに、起きて曇りはやっぱ残念だ。

「‥‥れ?‥‥石田?」

はたと気付いて見回した辺りに、人の気配はしなかった。
‥‥あれ?夢か?
ついさっきまでここに石田が居たような気がするのに。
と、脇に置いた手が何か柔らかい布地に触れた。

「な、んだ、コレ?」

びっくりした。
色とりどりの布を合わせて縫われたそれが、パッチワークとかいう物だと俺は知ってる。
最近石田が縫っていたからだ。
テーブルクロスだとか言っていた、やたらと大作のそれはまさしく、今ここにある物と同じだった筈で。
石田がここに居た、証明だ。
‥‥ていうか、もしかして‥‥。

「――掛けてってくれた、のか‥‥?」

風邪引く、とか言ってなかったか、あいつ。
‥‥だからか?
いや待て期待すんな俺、と浮かれかけた気持ちを諫めた時、布の間からカサリと紙切れが覗いた。‥‥なんだ?
手にして読んで、――込み上げる可笑しさに、思わず笑った。

『完成したばかりの作品だから、汚さず速やかに僕の家まで返しに来い』

相変わらずあいつ、やる事が回りくどいな。

「結局、俺探してたんじゃねえかよ?」

なのに起こせず待てもせず、こんな置き土産残しやがって。

用意された口実。
しっかりと使ってやるよ。
俺は託された大事な思いを丁寧に畳んで、屋上を後にした。

俺を待つ石田がどんな顔で迎えてくれるのか、頭に思い描きながら。




***********
眠かったのは私です。ごめんなさい。
石田は一護なんかに大事な作品預けたりしないよねきっと‥‥←

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