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□恋になる
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※茶夏。未来捏造。





恋になる







彼の家まで、あと五分。

バイトの為に彼が家を出るのは朝8時半。出掛けの彼を捕まえるあたしに許された時間は、三十分がせいぜいだ。
一分たりとも無駄にはできない気持ちが急いて、あたしは最早全力疾走で彼の家までの道のりを駆ける。
息急ききってたどり着いた彼のアパートで、ドアを前にして深呼吸。
バカみたいに早いスピードで鳴ってる心臓は、いくら呼吸を整えたって落ち着かないのがわかってるから、無視をする。
意を決して呼鈴を押すと、程なく開いた扉から、突然のあたしの訪問にちょっと驚いた顔をした彼が現れた。
「――夏梨?」
「おはよ、おっさん」
「‥‥おはよう。どうした?」
「あんたに言いたい事あって」
迎え入れてもらった狭い玄関で後ろ手にドアを閉め、上がるか、と促す彼に首を横に振った。朝の慌ただしく過ぎる時間を、邪魔したくて来たわけじゃない。
どうしても今日の日に、彼に伝えたかった事があるんだ。
「あたし、今日で16になった」
見上げた漆黒の髪の間から覗く優しい色をした瞳が、軽く見開かれた。
「誕生日なんだ、今日。一兄に聞いた事あるかもしれないけど、あたしは言うの、初めてだよね」
ギュッと両手の拳を握り締めて話すあたしをジッと窺うように見つめる彼に、この緊張は伝わってしまってるだろうか?
「ずっと前からさ、16になるの待ってたんだ。あんたと初めて会った時の、あんたの歳に追いつくの」
初めて彼と会ってから、五年。
その間に、四回巡った誕生日。
それだけ数えて、やっと今日、あの日のあんたに並んだんだよ。
「おめでとうって、言ってくんないかな」
ほんの少しだけ声が震えた。
心臓がバクバクいっていて、顔も熱い。何だかちょっと泣きそうだ。
俯きたくなるのを必死に堪えて、だけど目だけは逸さないように。
挑むように見るあたしの視線を受けて、彼は眩しいものでも見るように瞳を細めて、そして、

「誕生日おめでとう、夏梨」

――そう柔らかく笑んで言ってくれた彼に、あたしは咄嗟に、本当に泣き出しそうになった。

「何か、欲しいものはあるか?」
「‥‥え?」
「大したものはやれないかもしれないが」
「‥‥いらないよ。もうもらったから」
不思議そうに首を傾げた彼に笑う。
もらったんだよ、今。
欲しかったもの。
昨日までと違うあたしのスタートにしようと決めてた言葉。
「好きな人に“おめでとう”って言ってもらえんのが、一番のプレゼントに決まってんじゃん?」
――好きな人、のところで予想通りに目を丸くする彼が可笑しくて、堪えきれずに噴き出した。
ざまぁみろ、子供だと思って油断してたろ?
あたしはせいせいした気分で胸を張り、広い胸板の真ん中を指差して言ってやった。
「あたしは今日からあんたの事、一兄の友達とか思わない。あんたにも、あたしを一兄の妹って目で見て欲しくない。あた しはあたしで、あんたを追っかけるから」
5歳の年の差はどうやったって縮まらないし、大人になったあんたからしたら、あたしはまだまだ子供なんだろうけど、
「――ガキだとか見くびってないで、あたしに捕まる覚悟しとけよ、おっさん!」
晴れ晴れと宣言して、あたしは呆然と立つ彼を背に扉の外へ駆け出した。






見上げれば空は雲ひとつない上天気。

帰ったら遊子と二人で、親父と一兄が買ってきてくれた誕生日のケーキを食べよう。
それからこっそり話してみようか。
15までのあたしが抱え続けてた思いを、16になったら恋と名付けようと決めた夜の事とか。

今日の空みたく清々しい、今の気持ちの話でも。



五月晴れの16回目の誕生日に、あたしは思いを恋にした。





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二人の初対面時はチャド誕生日前ですが大目に見て下さい…。
Happy birthday!愛してるぜ夏梨ちゃん!
 

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