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□sweet greeting
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現世の八月は尸魂界の夏よりも確実に暑い。
苛烈な陽射しとうだるような熱気に晒されて、何だってこんな暑ぃんだ、と酷く不機嫌に思いながらも、恋次は義骸の身体で先を急いでいた。
半月振りに訪れた現世。
予定ではあと半月は取れない筈だった休暇を不意に与えられ、一も二もなく義骸の借りだしを要請してやってきた。会いたい人間に、会う為に。
霊圧を探れば目指すアパートにその存在は確かに感じられ、玄関前にたどり着いた所で、ドアが開き彼が顔を出す。
自分の来訪を霊圧で察した雨竜が出迎えてくれるのは、いつもの事だ。

「‥‥いらっしゃい」
「おう」

眼鏡を指で押し上げながら素っ気無く掛かる声もいつもの事で、毎度素直じゃねーなと内心で苦笑して、恋次は迎え入れられたドアをくぐる。
ひねくれ者な恋人の、嬉しさを隠してわざと気のない素振りをする癖にも、すっかり慣れた。

「しばらく忙しいって言ってたから、この夏中は来ないものかと思ってたよ」
「あー、俺もそう思ってたんだけどよ」

出された麦茶を一気に飲み干して、呆れ顔をする雨竜へ二杯目を要求しながら、恋次は突然の休暇を得た理由に意識を流す。

「なんかいきなり、二日間休みくれるって言われてな、隊長に」
「いきなり?そういう事、よくあるのか」
「ねぇよ。特にウチの隊じゃ、まずねぇ。だから驚いて、何かあったんスかって訊いたら、誕生日なんだろうって言われてよ」
「――‥‥誕、生日?」
「ああ。ルキアに聞いたんじゃねーか?つーか多分何か言われたんだろうぜ、あいつに。でなきゃ誕生日だから休みくれるなんざ、あの人が言うわけねぇし」

恋次が休みの度に現世へ足を運んでいる事実は、特に誰かに告げた事はない。にも関わらず何故かルキアには知れていて、 その理由にも気付ているらしい彼女が、誕生日を理由に恋次に休暇を与えてやって欲しいと義兄へ口利きをしたという事は、いかにもありそうに恋次には思えた。
おそらくは、後でしっかりと見返りを要求されるだろう想像も容易について、若干複雑な心境にもなるが。
一月は会えないと思っていた恋人に、思いがけず会える時間を与えてくれた計らいには、やはり感謝すべきではあるだろう。

「まぁ何にせよ隊長直々に明日まで休めってんだから、断る理由もねぇだろ。サボって来たわけじゃねーからな」

いつもの如く皮肉る言葉がくるものと予防線を張って笑った恋次に、しかし雨竜は無言のままで。

「?なんだよ、おい」

らしくない無反応を怪訝に窺う恋次の前で、何故か徐々に眉間の皺を深くした彼は、ついには露骨な怒り顔になってすっくと立ち上がった。

「な、何だ、どう――」
「買い物、行って来るから。留守番しててくれ」
「‥‥は?――お、おい、石田っ?」

唐突な発言に面食らった恋次を置き去りに、雨竜は財布を引っ掴んだ勢いのままに外へと出て行ってしまう。
――呼び掛けに振り向きもしなかった。

「な‥‥何怒ってんだよ、あいつ?」

呆然と見送ってしまった背を、一方的にとはいえ留守番を言い遣っていては、追っていくわけにもいかず。
戸惑い不審に思いつつも、仕方なく待つ事一時間。
両手に買い物袋を下げて戻った雨竜は、急いでは来たのだろう、珍しく肩で息をして額にうっすら汗をかいていた。
しかしその表情はやはりむすっとしたままで、声を掛けようとした恋次に一言「邪魔するなよ」とだけ言い置いて台所へと直行し―――、
居間とを分かつ硝子の引き戸を、恋次の目の前でピシャリと閉めた。

「――‥‥って、おい」

無情に響いたその音に、我に返って考える。
一体これは、どういう仕打ちなのか。
半月振りで来たなりに、突然一人取り残され、何の説明もなくまた放置。
自分の何が彼を不機嫌にさせたのか知らないが、このぞんざいな扱われ方はさすがに酷いのではないだろうか?

「‥‥おいコラ石田」
「なに」

磨り硝子の引き戸越しに声を掛ければ、反応は返ってくるものの、その声はいかにも素っ気無い。

「さっきから何怒ってんだ、お前」
「別に怒ってない」
「‥‥じゃ、どういうつもりだ、その態度」
「今忙しいんだよ、話しかけないでくれ、気が散るから」
「‥‥‥‥‥」

確かに何事かを猛烈なスピードで行なっているらしい雨竜の気配はいっそ殺気立って感じられ、迂闊に立ち入れば更なる怒りを買い兼ねない予感に、恋次は理不尽さに渋面をつくりながらも口を噤んだ。
納得のいかない思いはあるが、やむを得ないとはいえ突然の来訪をする恋次を、いつも雨竜は自分の都合を曲げて迎え入れてくれるのだ。
それを少なからず申し訳なく感じていた事もあり、何となく強く文句をつける気にはなれなない。
 

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