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基本朝の早いこの島において、深夜営業を厭わない食事処の存在は有り難い。
急患は24時間対応、を掲げた診療所に詰めている一護が夜食にありつくため頻繁に足を運ぶその店は割合繁盛しているらしく、その日も遅い夕食を取るために店の入口を跨いだ一護を出迎えたのは、賑やかな複数の笑い声だった。
「あら、いらっしゃーい一護せーんせ!」
「ども」
カウンターの内側でグラスを煽りながら手を振る金髪の巨乳美女に陽気な声を掛けられ、軽く会釈して空いた席に腰を下ろす。店主たる彼女に酔った勢いで絡まれるのを避け、カウンターから少し離れた テーブルを選ぶのが一護の定番になっていた。
「ご注文はー?泡盛?日本酒?ウイスキーもあるわよー」
「‥‥や、酒じゃなくて焼うどんで‥‥」
「えー?相変わらずつれないわねぇ」
「乱菊さーん、酒ならこっちに下さいよー!」
不満げに唇を尖らせながらもキッチンへ向かう背に、座敷の方から呂律の怪しい声がかかる。
見れば、すでにでき上がっているらしい数人の男達がのんべんだらりと杯を傾けていて、内の何人かは完全に潰れている有様だ。
アル中でも起こしてねぇか、と眉をひそめて彼らを注視し、一護はその中に鮮やかな緋色の髪をした男を認めて、目を剥いた。
「ッ‥‥てめ、何やってんだ恋次!!」
「――ああ?」
思わず腰を上げて怒鳴りつけた一護に、怠そうに起き上がって向けられた顔はすでに真っ赤だ。眇めた目元も怪しくて、どう見ても相当量飲んでいる。
「まだ完治してねぇだろお前、何酔う程飲んでんだ!」
「なんだ、一護か」
「なんだじゃねーよ、お前な‥‥」
勢い襟首を掴みあげ、呑気に見返す恋次へ叱り付ける言葉を言い募ろうとした。その一護の肩を、ポンと誰かの手が叩き。
えっ?と一護が振り返るのと同時に、横から伸びた手が恋次の頭を容赦ない勢いではたき落とした。
「なっ、何しやがんだてめ‥‥って、げっ」
「何してる、はこっちの台詞だよ」
「‥‥い、石田?」
怒りに満ちた声で恋次を睨む雨竜の横顔を、一護は呆気に取られて見つめる。
殴られた恋次は顔を引きつらせて固まって、されるがまま今度は雨竜に襟首を掴み上げられた。
「漁協の集会に行くだけだ、酒は飲まないって、言わなかったかい?」
「や、ちょっと待てよオイ、これはだな、」
「そんなに治りたくないなら僕が海の藻屑にしてやろうか」
「真顔で怖ぇ事言ってんじゃねーよ!つか雨竜、首絞まってる、首!!」
悪かった帰っから!!と、喚く恋次と雨竜のやり取りを呆然と見守る一護の横で、我関せずとグラスを煽っていた男がカラカラと笑って言った。
「相変わらず嫁の尻に敷かれてんなぁ、恋次」
「‥‥は?よ、嫁?」
「馬鹿な事言ってないで下さい斑目さん」
面食らう一護を差し置いて、耳聡く聞き咎めた雨竜が剃髪の酔っ払いを鋭く睨む。が、まるで悪びれず「怖ぇなオイ」と笑う斑目に溜息を吐いて、雨竜は初めて一護を見返った。
「‥‥すまない。僕の監督不行き届きだ」
「な‥‥何がだ?」
「恋次だよ。後できつく言っておく。‥‥手間かけたね」
そう決まり悪そうに言った雨竜は、一護の返事を待たずに踵を返す。
腰の重い恋次を引っ立てて店を出て行くその背中を、一護は複雑な気持ちで見送った。


二人は同じ場所に帰るんだろうかと、そんな事が無性に気になって、けれどそれを確かめたくもなくて。
俄かに募る苛立ちを持て余し、キツく拳を握り締める。

二人を見るにつけ増していく苦い感情の理由を、一護は自覚し始めていた。



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