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□病み煩い
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「39.1℃‥‥?」

体温計を睨んで呟いた石田は、ひどく不機嫌な顔で俺を見た。



病み煩い 





何か変だなと思ったのは昨日の夜で、まぁ予感がなかったわけじゃなかったんだ。
だから寝る時は毛布一枚増やしたし、念の為薬も飲んで寝た。うがいもした。

「‥‥そこまでしてダメだったんだから、もう不可抗力じゃねーかよ」
「発症してからの悪足掻きだろ、それは」

布団の中から掠れ声で言う俺にも、石田は全然容赦ない。つーか、怒ってる。でもって、怒らしてんのは俺だ。

「なんでそんな状態で無理するかな。朝から相当つらかった筈だろ」
「‥‥家出る時はこんなじゃなかったんだよ」

まぁ確かに、目が覚めた時にやたらと怠い身体を自覚した時は、ちょっとやべぇかなとは思った。
けど今日は、普段あまり外出したがらない石田が珍しく俺が誘った映画に付き合ってくれるって約束をしてた日で。

無理なんか、するだろ。
こんなチャンス、次いつあるかわかんねぇんだから。

多少熱あるくらい薬飲んどきゃ下がるだろうと構わず石田を迎えに来た俺を、ヤツは顔を見るなり部屋に引き込み体温計を突き出して「熱計れ」と命令してきたのだ。

要するにその時の俺は、一目見てバレちまうくらいに熱に浮かされた顔してたらしい。

‥‥で、結果39.1℃。
‥‥さすがにヒいた。

即座に自分のベッドに俺を突っ込んでくれた石田は、あれこれ世話を焼いてくれながらも、それからずっと怒ってる。

「自覚があって安静にすべきを怠るなんて、君はそれでも医者の息子か」
「‥‥スミマセン」
「謝るくらいなら最初からするな、馬鹿」

言って石田は、いささか乱暴な手つきで俺の額にペシリと冷却シートを貼り付けた。
‥‥何でこうなるんだ。
ただでさえ予定が駄目になってヘコんでた気持ちが、さらに落ち込む。そりゃメーワクかけて悪かったけど、無理を押してもお前と出かけたかったんだって、少しは汲んでくれても良くねぇ?

「‥‥んでわかんねぇんだよ‥‥」

思わずぼやきが口をついて、石田が訝しげに俺を見る。
ふらつく視界に映る表情がそんなのばっかりでしかないのが、今度はやけに切なく思えてきた。
だって、あんまりだろ?
ちょっと泣きたくなりながら、ベッドの縁にかかった石田の手に指を伸ばした。

「‥‥黒崎?」
「会いたかったからだろ」


触れた手はひんやり冷たくて、振り払われたりはしなかったから、縋るような気持ちのまま指を握り込んでみる。

「せっかく、お前と。映画とか、そんなん初めてだし。ぜってぇ行きたかったんだよ」
「‥‥‥」
「なのに何でそんな叱んだよ‥‥」

ヤバい。なんかマジで泣けてきた。
デートの予定がダメんなったのも、怒り顔した石田も、熱でしんどい重い身体も、全部ひっくるめてやたらつらくて悲しくて。
鼻の奥がツンとするのを必死に堪えて枕に顔を埋めようとしたら、頬に冷たい手が触れた。
見ると石田が、呆れたみたいな表情で俺の間近に顔を寄せていて。

「君、熱で頭が馬鹿になってるな。普段から馬鹿だけど、今日は一段と馬鹿だ」

‥‥一息に三回も馬鹿とか言う事ねーだろ。

ムッとして至近距離の顔を睨んで見ると、石田は苦笑して頬に触れた手で眉間を撫ぜた。

「考えてみろ。君、もしも遊子ちゃんや夏梨ちゃんが君と遊びたくて具合が悪いの隠したりしたら、怒るだろう?無理するなって」
「‥‥‥怒る、な」
「怒るのは、心配だからだ。違うかい?」

違わない。

首を振る俺に、石田は優しい顔になって、もう一度、今度は手の甲で頬に触れてくれた。
ひたりと添えられた体温の低い手が、籠った熱を吸い取ってくれるような気がして、心地良さに目を閉じる。

「あんまり心配かけるな、馬鹿」

穏やかな声が胸に染みた。




熱くて怠くて、身体のあちこちがギシギシ痛んで、そのくせ意識は朦朧とするし、しんどさだけなら死ぬんじゃねーかってくらいで。
でも、馬鹿言うなって叱り付ける石田が傍にいてくれるから、俺は安心して眠れると思う。

治ったら映画行ってくれるかって訊いたら、君の奢りならね、と石田は言った。それに笑う事ができたから、石田のことも少しは安心させられたかもしれない。
ホッとして、掴みっ放しだった指を放したら、その手を今度は石田から握り返してくれて。

「眠るまでの間だけだからな」

素っ気ない口調を装って、でも触れる手は優しい石田に、やっぱ来て良かったと呟いたらまた叱られたけど。


繋いだ手は、再び瞼を開けるまで、解かれてはいなかった。






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