堕王子様の王子様
□スプーン殺人
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「せんぱーい……」
「ガッ」
「もう……死んでくださいよー」
「!?」
俺は銀色に光る得物を首に突きつけられ、フランに壁へと抑えられていた。
いつの間にやらこんな体制になったのか。さっきまで一人だったはずだ。
まだ身長が俺に少し届かないフランは、俺を抑えつけるために体全体でのしかかってくる。
得物に力を込めて。
「く、るし……」
「これっぽっちで?天才が馬鹿言っちゃいけませんよー。先輩は悪魔だから嘘ですかね?」
見上げられる暗い瞳はいつも以上に何の感情も見せない。
強いて言えば、吸い込まれるような負の感覚。でもそんなのは日常だ。
グリ、と喉を抉られ、嗚咽が走る。
「……っ」
「先輩……ミーは先輩が大嫌いなんですー」
今更だ。俺もフランを嫌いで、フランも俺を嫌い。隊全員が知ってる話。フランが俺を嫌いで、俺がフランを好き。俺以外誰も知らない話。自分でさえ知ったのが最近。
思春期みたいな好きじゃなくて、いい言葉が出てこないけどぼんやりとコイツになら殺されてもいいやって投げやりな感じの好き。良くわかんない。王子なのに。
両手は自由だ。抵抗出来るけど何もせずに眺めていたら、ポタポタと水滴が垂れてきた。
泣いてる。
「おま」
「何で抵抗しないんですか……」
鼻を啜って泣きながら得物に力を込めてくるけど。
「お前こそ何泣いてんだよ」
その言葉に驚いたように、フランは得物を落とした。カラカラと床で鳴る銀色のスプーン。いったいこれでどう殺すつもりだったのか。
「泣いてないです」
「嘘つけ」
「それは先輩でしょ。死んでください」
ぐし、と袖で顔を擦ったフランは俺の首に手をかけるが、腕がガタガタと震え力が入らないらしい。
見ると腕だけじゃない、身体全体が大きく震えていた。
「どうした」
「気にしないでください。よくなるんです」
何でも無さそうに言ったフランは気にしてないようで、どんどん震えが大きくなっても、俺にかけた手は外さず力を込めようとしている。
「退け!」
怒鳴るとフランの肩が反応し、押しただけで離れた。担いでベッドへ放り投げる。
「痛……!なにすんですかー!」
「なにすんですか、じゃねーだろ!気にしないでください?気になるに決まってんじゃん!何でそんなんになってんの?クスリ?クスリのキマリ過ぎ?ふざけんな!」
他にもいろいろ怒鳴ったが、何を言ったのか怒りで覚えていない。
クスリはどーでもいい。あんな状態を隠して気にするなと言われたことに腹がたっていた。
よくなるって、今までどうしてた?収まるまで放置?信じられない。
「医者いけよ!」
「行けませんよ!夜になるのが嫌だとか消えるのが怖いとか何でマーモンさんがいるんだとかミーは代わりなのに死んじゃえばいいとか考えてそんな自分が惨めだとか先輩にもう会えないとか心臓が痛いとか、医者に言ったら即精神病院にぶちこまれるかマフィアだってばれて逮捕ですからバーカ!」
息を切らして怒鳴ったフランはまた泣いて、もう二度と涙が止まらなさそうだ。
「先輩に嫌われてるのが当たり前なのに嫌だって思ったり、こんな仕事だしいつ先輩死んじゃうか怖いし、どうせ殺されるんなら今ミーが殺しても変わらないですよね?」
「変わるだろ」
「じゃあどうしたらいいんですかー!この震えは先輩が原因なんですから、先輩が死ぬのが筋でしょー!」
泣き喚くフランは子供に戻ったようで、随分重症だ。
「こーすんだよ」
頬に口付ける。
するとピタッとフランが動くのを止めた。震えはまだ止まらない。
「何……を……」
「いや、絶対これで治るって。全部とは言えねーけど」
目線を合わせるために俺もベッドに乗り、向かい合わせに座る。
「お前知らねーの?それは王子が好きで好きでどうしようってんだよ」
今度は俺が震えてきた。上手く言えないからわざと茶化したように言う。
「そんな王子もお前が好きだから良かったな」
「え……?」
「だから、俺はフランが好き」
2回言ってようやく意味を理解したフランはみるみる頬が赤くなる。
ああ、恥ずかしかった。なにこれ、処刑?拷問?
今すぐ転げ回りたい衝動にかられるも、王子はかっこいいからやらない。
「え、あ、好き……?」
「そう。それは恋愛感情って言う。好き過ぎて王子殺したいとか可愛いーとこあんじゃん」
「うわ……」
フランは真っ赤な顔をしてとんでもないことを言った。
「ミーが堕王子を好きになるとか……屈辱ですー……」
「こっちもだよカエル」
ナイフを束で刺しといた。