堕王子様の王子様
□1/6 -out of the gravity-
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「せんぱーい。自分で呼び出しといて遅刻とかマジファックー」
「先輩にそんな口叩いていいわけ?」
「わー今日初のナイフいただきましたー」
休日の暗殺者には関係のない昼間。少し雲がかかり空気が冷たい。
呼び出しておいた港にフランを見つけた。
相変わらず棒読みのだれた声で騒ぐフランに、泣いた時の面影は無い。
ドクドクとなる鼓動が五月蝿い。うるさくてうるさくて外に聞こえそうだ。
何の鼓動かはわかっている。不安だ。俺も怖い。
聞こえても大丈夫な様に走って誤魔化した。
「先輩が走ってくるとか……明日は雨かも?」
「天気予報見ながら言ってんじゃねーよ」
「確率高めー60%ー」
フランを置いてエレベーターに乗る。置いてっても気付いて着いてくるし。
予想通りフランはエレベーターに駆け込んできた。
「置いてかないでくださいよー」
「遅いからだろ」
「フッたのは先輩ですー」
来たのは港の赤い灯台。
一番上まではエレベーターで行く。
雲を突き抜け頭から引っ張られる感覚が楽しくて、フランも笑っていた。
頂上は赤い屋根が乗っているだけで、ぐるっと周りが見渡せた。灯りはこの下らしい。
「すげー」
「一面海……って凄いですねー」
「反対側は家並みだけどな」
「異世界って感じですー」
雲間からの太陽の光は僅かでも波は綺麗で、それを眺めるフランは暗殺者とはとても思えない程年相応だった。
宇宙旅行は無理だった。
だから代わりにこの辺で一番高い塔へやって来た。
とても代用にはならないけど、ドロドロとした念の渦巻く地上から少しは離れられるし。
それで和らげばいいなって……かなり楽観的で子供の思考みたいだ。
唇に触れる感触。驚いた、フランの唇だ。
いつからか目でフランを追いかけていた。熱と共に。
「せんぱーい」
「何」
「ありがとうございますー」
気付いていた。そりゃそうか。コイツの事だもんな。
全部、俺が気付いていることも不安も好意も全部。
それでもコイツは俺に言わなかった。一言も。それは……。
いつも一人で背負ってばかりで、少しは頼りにして欲しい。そんなに頼り無いのか。
「……バカヤロ」
「アンタも大概ですよー」
それでも俺はどうにかしてやりたい。頼られなくたって、どうにも出来なくたって、フランの心が安らぐなら『誤魔化し』続ける俺はやっぱりエゴの塊。
フランが珍しく微笑む。
……ああ、俺、フランに同じ事してるや。
全部知っている。けど言わない。
それにはきちんと理由があるんだ。
フランの右手を握った。
多分もう直ぐお前は消えちゃうんだろうけど、それまでの間はこうして握っていたい。
可能なら永遠に。ここに繋ぎ止めて置きたい。
でも出来ないんだろ?答えはフランの顔を見ればわかった。
だから少しだけ、あと少しだけ。
出来たらもうちょっと。
フランが俺の左手を握り返す。
不安で消えそうなのは俺なのかもしれない。
いつか、いつか必ず見つけるから。
それまで手を繋いでいて。
必ず掬い上げるから。
それまで待っていて。
床へ染みた雫は雨なのか、それとも。