捧げもの

□銀河ステーション
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道場で師範代を勤めて帰宅し、風呂で一汗流して自室に戻ったところで、携帯の着信ランプの点灯に気づいた。
履歴を表示させると、そこには浅野の名前。

「へぇ…珍しい………」

呟きながら発信すると、ワンコールカウントしないうちに応答が有った。
久しぶり……と、有り体な挨拶を交わした後で何用かと問えば、一護がこっちに戻ってきているかどうか知らないか………との事。

『姉貴がさ、夕方駅で見かけたって言うんだけど……有沢、井上さんから何か聞いてない?』
「特には………。
でも連休なんだし、来ててもおかしくは無いでしょ。
………ていうか、何でそんな事で私に電話かけてくるのよ?
自分で一護に電話なりメールなりして、確認すればいいでしょうが」
『それがさぁ………』

今にも泣き出しそうな情けない声で浅野が言うには、一護を怒らせて着信拒否されているのだ……との事。

「………あんた、一体全体何をやらかしたのよ?」
『うぐっ! そ、それはちょっと………』
「…ったく………少しは成長しなさいよ、あんたも」
『面目ない………』

軽く一つ、溜息を吐いて。
連絡を取りたい理由を訊き、とりあえず織姫に電話してみるから……と告げて、通話を切った。





髪を軽く乾かした後で、織姫の携帯を呼び出す。
こちらは啓吾の時とは逆に、10コール近く数えたところでやっと通話が繋がった。

………ところが。

「もしもし?」
『おう、竜貴! 久しぶりだな!!』

電波の向こう側から聞こえてきたのは、親友の柔らかなソプラノではなく、その旦那の低音で。
ああ、やっぱり帰ってきてたんだ……と、思うと同時に。

「………あんた、何、勝手に他人の電話に出てんのよ?!」

いくら夫婦だからって、『親しき仲にも礼儀あり』だろうに……と。
一護に対して感じた腹立たしさを、隠そうともせずに苦言を呈してしまった。

『俺だって、誰彼構わず出やしねぇよ!』

対する一護は、あからさまにむっとした口調で応じてくる。

『お前の名前が見えたから、急ぎの用だったら取り次いでやろうと思ったんだろうが。
あいつ、今さっき風呂に入ったばかりだからさ。
井上が長風呂なの…お前、良く知ってんだろ?』

あ………と、思った。
その、直後。

『一兄ぃ、電話終わったら罰金箱に百円ねーっ!』

遠くから響く、夏梨ちゃんの声。
ぐ………と、一護が喉を詰まらせる気配がして。
軽い舌打ちと共に吐き出された溜息に、悪いとは思いつつも笑ってしまった。

「未だ、名前呼びに慣れないの?」
『そんな事はねぇけど……お前等と話してたりするときは、つい……な。時間が巻き戻されちまうっていうか………』
「ふぅん?」
『……んな事より、電話どうすんだよ? 風呂から上がったら、折り返させるか?』

ああしまった、本題を忘れるところだった。

「実は、本当に用があるのはあんたの方なの……あ、織姫も無関係って訳じゃないんだけど」
『俺?』
「うん。啓吾がね、こっちに帰ってきてるんなら、私や織姫も込みで明日の昼にでも逢えないかって。
今夜の明日でどのくらい集まるかわからないけど、他の皆にも声かけてみるから……ってさ」
『あー………』

勢い込んで、話に乗ってくるかと思いきや。
聞こえてきたのは、意外や意外、困惑を多分に含んだ声と溜息で。

『悪ぃ……俺さ、明日の夜にはアパートに戻んなきゃならねぇんだよ。
昼は特別用事がある訳じゃねぇんだけど……こっちに帰ってきたのは三週間振りだし、さ。
出来れば…家でゆっくり織姫や妹達の話相手したり、買い物や散歩に付き合ったりしてやりてぇな……って』
「そっか………」
『その代わり……って言うか。来月の連休は丸々こっちに居る予定だからよ。
そこに合わせて、仕切直して貰う事って出来ねぇかな?』
「ああ……そうだね。かえってその方がいいかも。
皆だって、いきなり明日って言われるよりも都合付け易いだろうし」
『そう言って貰えると、助かるよ』

日時や場所の設定は、こちらに一任と言う事で話がまとまって。
詳細が決まり次第、織姫経由で連絡を入れると約束する。

『それにしても…何だって啓吾の奴は、自分で連絡して来ないんだ?』
「何で……って……あんたに着信拒否されてるって、泣きべそかいてたわよ?」
『へ?! あ………ああっ、しまった!! 解除すんの、すっかり忘れてた!!!』
「一体何があった訳?」
『いや…大したことじゃねぇんだよ。ほら…例によって例のごとく、失恋したって泣き事言ってきて………。
普段だったら付き合ってやるんだけど…俺もレポートとか色々切羽詰まってる時で、さ。
寝不足続いてたりもして、精神的にも体力的にも色々と余裕無くてよ。
ちょっと懲らしめてやったら、すぐに解除するつもりでいて……結局昨日までずっとどたばたが続いてたから、ついうっかりしただけだ』
「そもそも、電源切る程度にしとけば良かったのに」
『んなこと、出来っかよ。
いつも携帯持ち歩いてるから、今のアパートには家電置いてねぇんだもん。
電源切っちまったら最後、織姫からの電話にも出られなくなっちまうだろうが。
それじゃ、万が一あいつに何か有ったときに、すぐに対応出来ねぇだろ』 
「ああ………それもそうね」
『啓吾にはこの後すぐに、俺から電話して謝っとくよ』
「そうしてやんな。悄げまくって、この世の終わりみたいな声出してたから」
『ははっ……何事も大袈裟すぎるんだよ、あいつは』

苦笑混じりに、一護が言って。
じゃあ、またな………と、切れる通話。

卒業旅行での記念写真に戻った携帯画面を、しばし見つめて。
くすり……と。小さくひとつ、笑みをこぼす。

「あの、一護がねぇ………」

本人……まるで自覚は、無かっただろうけれども。
この短い時間のやりとりの中で、のろけにしか聞こえないような発言が、一体どれほど有ったことか!

「愛されてるねぇ、織姫?」

待ち受け画像の、中。
微笑む親友の額のあたりを、軽く指先で弾いた。











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