捧げもの
□GIFT
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ねぇ……教えてよ。
どうしてそんなに、余裕でいられるの?
その自信は、一体全体どこから来るの?
ねぇ……もしも、だよ?
君のその自信の根拠が、「いつか来る明日」にあるのなら。
もし、そうだとしたら………。
壊してあげるよ。
僕が。
それこそ、跡形もなく。
「明日」の保証なんて、何処にも無いんだって事。
心の底から、思い知らせてあげるよ。
だって……それ、が。
それこそ、が。
今の僕に出来る、唯一の………。
【GIFT】
「………なぁ、竜貴」
「何よ」
「あれは、何だ?」
「何って………篤志、でしょ? 木村篤志。あんたとあたしの、空手道場の弟弟子の」
「んなこたぁ、判ってるよ! 俺が訊きてぇのは、何で二年のあいつがここに……俺達三年生用の自習室に、居るのかって事だ!!」
「だからそれは、説明したじゃない。休学していた間の勉強の遅れを、織姫が看てあげる事になったんだ……って」
ふうっ………と。
大きなため息を吐きつつ、竜貴は隣に座る幼なじみを横目で睨んだ。
その幼なじみはと言えば、彼女の視線には全く気づく様子が無く。
眉間に通常の五割増しの縦皺を刻みつつ、据わった目つきで自習室の前方を見つめている。
彼の視線の先に、は。
胡桃色の髪を持つ女生徒と、彼女や一護達よりも一学年下であることを示す記章を付けた男子生徒の姿があった。
今にも頭がぶつかりそうな程の至近距離で横並びに座り、手元のノートと教科書を指さしながら、何やら熱心に話し込んでいる。
ぎっ………と鳴る、一護の奥歯。
その音を聞いた竜貴は、心底呆れたという表情を作って。
一護から顔を背け、明後日の方向を向きながら、低い声でぼそりと一言呟いた。
「………餓鬼」
「ぁあ?!」
もの凄い勢いで、一護が竜貴を振り返る。
竜貴は顔半分だけ彼に向き直ると、冷たく一瞥をくれた。
「………何だよ」
「別に」
「別に、じゃねえだろ?! お前今、確かに『餓鬼』って言ったろうが!! どういう意味だよ!!! 俺の何処がどう餓鬼だってんだ?!」
「だって、そうじゃない! 今日のあんたってばまるで、年下の兄弟に母親を独占されて拗ねまくってる小さな子供みたいよ?
全く、男の嫉妬なんて見苦しいたっらありゃしない」
「………は? お前、何言ってんの?!」
本音を言い当てられて、狼狽える……だとか。
それを必死に誤魔化そうとする……だとか。
そんな響きは、皆無で。
心底不思議そうな声色で発せられた一護の言葉に、竜貴は今度こそ身体ごと一護に向き直り、まじまじと薄茶の瞳を見返した。
「俺はただ、井上が心配なだけだ。だって……あれじゃ、井上自身の受験勉強が、ちっとも捗らねぇじゃん。
いくら推薦狙いで余裕で合格圏内だとは言え、無試験じゃねぇんだからさ………」
そう言って、気遣わし気に織姫へと視線を向ける、一護の表情にも瞳に浮かぶ光にも、嘘は無い。
呆然と、その横顔を眺めつつ。
その、「嘘がない」事が何よりも重大で深刻な問題だ………と、竜貴は内心で頭を抱えた。
………無自覚にも程があるわ、この鈍感男!
いっそ口に出してしまいたいのを必死に堪えながら、心の中で竜貴が絶叫したとき。
目の前の胡桃色がふわりと揺れて、織姫がこちらを振り返った。
「呼んだ? 黒崎君」
軽く小首を傾げて微笑む織姫は、同性の竜貴の目からみてもとても愛らしくて。
隣に座る一護の身体がびきっと硬直したとて、それは無理のない事のように思われた。
ただ、一方で。
硬直してしまった理由について、恐らく当の本人である一護自身は全く気が付かないに違いない………と。
そんな自分の推測に、竜貴は一層、げんなりしとした気分になる。
「何か、解けない問題でもあった?」
「いや! 別に呼んでねぇし、何もねぇから……」
「そう? 井上って聞こえたような気がしたんだけど……」
問いかけの言葉に慌てて首を横に振る一護を、織姫はきょとんとした表情で見返して。
それから「あ……!」と小さく声を上げたかと思ったら、何やらごそごそと自分の鞄の中を探り始めた。
「いけない、いけない。忘れるところだった……!」
そう呟きながら、ノートを一冊取り出す。
そして机の間をすり抜けて一護の前までやって来ると、にっこり笑って手にしたそれを差し出した。
「よかったら、これ……使って?」
「……俺、に?」
躊躇いがちに、手を伸ばして。
受け取ったノートをぱらぱらとめくっていた一護の目が、次第に大きく見開かれていく。
「井上……これって………?!」
「えへへ…この間、模試受けた後に皆で答え合わせをしたでしょ?
その時の様子見てて、黒崎君が苦手にしてそうな部分を、私なりに要点まとめて注釈をつけてみたのです!」
余計なお世話かもしれないけど……と、少し不安そうに瞳を揺らしながら、はにかむ織姫。
その織姫の顔を見上げ、一護はゆっくりと口の端に笑みを浮かべた。
「……サンキュ! 井上」
「どういたしまして!」
今度こそ本当に、心から嬉しそうな笑顔になる織姫。
しかしながら、その時。
「井上先輩、ちょっといいですか?」
一護と竜貴の前方、織姫の背後から、声が上がった。
声の主は勿論、竜貴が篤志と呼んだ後輩の少年である。
「あ、はぁい! ちょっと待っててね!!」
翻る、胡桃色の髪。
織姫が背を向けた途端、弛みかけていた一護の眉間皺が再び深くなる。
そのまま、篤志の元へと戻ってしまうかと思われた織姫だが。
予想に反して、彼女はもう一度、一護と竜貴の方へと向き直った。
慌てて表情を取り繕う一護に、ふわりと織姫は微笑んで。
「解らないところがあったら、遠慮無く訊いてね?……と言っても、理数科目はもう、黒崎君の方が全然上だけどね。
でも、文系の科目ならワタクシ未だ未だ負けませんぞ? だから………ね?」
「ああ…いつも悪ぃな、井上」
「気にしないで! 自分の復習にもなってるんだから。たつきちゃんは、どう?」
「あたしも今んトコ大丈夫。今日これから小論の演習するから、明日にでも添削頼むわ」
「わかった!」
じゃあ、また後でね………と。
軽く手を振って、織姫が二人の側を離れていく。
竜貴がそっと、隣の一護を盗み見ると。
彼は何か眩しいものを眺めるような、それでいて何処か淋し気な光を瞳に浮かべて、織姫の後ろ姿を追っていた。
『………ったく。迷子の仔狼みたいな顔して』
ひそりと息を吐き出し、僅かに肩を竦める竜貴。
やがて。
気を取り直すかのように、一護が大きく伸びをした。
そして、織姫から贈られたノートを熱心に眺め出す。
そんな一護の様子を、横目でそれとなく伺いつつ。
自分の課題をこなす竜貴の脳裏には、一昨日の夜の自宅での情景が再生され始めていた。