捧げもの

□意地っ張り胡桃姫に、ジャックの弟子より愛を込めて…
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次は10月最後の週末に………と。

夏休みから約束していたお泊まりデートにキャンセルの電話が入ったのは、10月半ばの事だった。



「ごめんなさい……近所のショッピングモール企画のハロウィンイベントに、園児達がダンスで参加する事になっちゃったの………」

半分泣き声交じりでかかってきた、井上からの電話。
その内容に、少しもがっかりしなかったと言えば、それはもう大嘘になってしまうけれど。


市内にある数多くの幼稚園・保育園が参加して行われたというオーディションで、たったの2チームのみ選抜……という狭き門を見事クリアした……と、いう事は。
その園児達を指導した井上の、幼稚園教諭としての能力の高さを評価されたとも言える訳で………。


「そんな情けねぇ声、出すなよ。すっげぇ誇らしいことじゃねぇか!」


明るく声をかけた俺に、ありがとう………と。
はにかみ笑いを含んだ声音で答えながら、も。

「でもっ………!」

そう、勢い込むように言葉を続けようとした彼女、は。
その次の瞬間、何故だか急に口をつぐみ、それきり黙り込んでしまった。


「井上………?」
「あ…うん、その……何でも無い………」

えへへ……と、明らかに何かを誤魔化すように小さく笑って。
言いかけた言葉を俺が問いつめるよりも先に、また後でメールするね………と。
元気すぎる声で告げながら、彼女はさっさと通話を切ってしまった。



「……………」

無言で、ブラックアウトした携帯の画面を見つめて。
切なく心に思い浮かぶのは、井上が必死に呑み込んだのであろう言葉と想い。

恐らく、彼女は。
このままでは、次の逢瀬の機会が年末まで無いこと。
そしてそれが、とても淋しい………と。
そう言いたかったのに、違いなかった。


井上が幼稚園教諭になって、今年で早三年目。
11月に入るやいなや、クリスマス会の準備と学期末のあれこれに追われ続けて。
寝る間も無いくらいの忙しい日々が、この先彼女を待ち構えているのだ……と。

………それ、は。
去年、一昨年のこの時期を振り返ってみたならば、いとも容易に予想がつく未来図だった。

そして。
彼女は、俺に対して弱音を吐くことを、決して自分に許そうとはしないから……。


無理してでも、笑う。
努めて、明るい声を出そうとする。


そうやって……いつだって彼女は、独りで耐えようとするのだ。
たった、ひとりきりで………。





………なぁ、井上?

逢えない日が、長く続くこと。
それを淋しいと感じる気持ちは、俺も同じ。
同じ、なんだ。

だから………。

逢いに、行くよ。
俺、が。
君の住む……あの、懐かしい町へと………。





頭をひと振りして。
急いでパソコンを立ち上げると、俺は近場で割の良い日雇い仕事を検索し始めた。










何とか工面出来た旅費を、切符に代えて。
朝一番の特急に、飛び乗って。

乗り継いだ、地元の路線。
久しぶりに降り立つ、少し古びた駅のホーム。

改札を駆け抜け、ロータリーに停車していたバスに乗りこんで。
数分揺られて辿り着いたのは、俺の進学後に出来たという真新しいショッピングモール。

建物の中も外も、オレンジと黒のコントラスト鮮やかなハロウィン仕様に飾られて。
賑わい溢れる人々の間をすり抜けるようにして、吹き抜けの広場へと向かう。



広場の中央には、どでんと据え置かれた仮設舞台。
その上で踊る子供達の姿に一瞬ぎくり……とするも、その身長の高さに小学校低学年部門のチームと察して、ほっと胸を撫で下ろす。

舞台を半円に囲む人垣へと、ゆっくりと近づいて。
180センチ超という身長を俺にもたらしてくれた親父の遺伝子に、こんな時ばかりは感謝して。
遠目に臨むステージ、その周辺に視線を彷徨わせれば。
上手側のステージ下に、行儀良く体育座りした子供達の一群。

そして。

その側に優しく寄り添う、華奢な後ろ姿。
背に流れる髪は……綺麗な綺麗な、胡桃色。



「井上………」



自然と綻んでいく、口元。
細まっていく、目。
こみ上げる愛しさに、きゅう……と心臓が鳴って。
それを宥めるように、服の胸元を握りしめる。





……やがて、音楽が止んで。
沸き上がる拍手。
スピーカーから流れる、司会からのお礼の言葉。
それを合図に、井上と園児達が立ち上がった。


「それでは、次のチームをご紹介します! ○○幼稚園、年長組のみなさんです!!」


井上に促され、拍手の中ステージに上る子供達。
そのままステージ下に残った彼女の指示に従い、緊張した面もちながらも綺麗に列を作っていく。

その子供達が身につけているのは、ピーター・パンとティンカー・ベルをイメージした衣装。
勿論それは、担任である井上のお手製で。
元々は運動会の学年演技として披露したダンスを、このイベントの応募条件(童話の仮装でダンス)に合うから……と。
保護者達に強く勧められて書類を提出したのが、そもそものきっかけなんだとか………。


そんな事を、つらつらと思い出しながら。
音楽の流れ出したステージを、見守る。


最初こそ緊張して強ばっていた子供達も、いざ始まってしまえば……それはもう、活き活きと。
瞳を輝かせ、満面の笑顔で、元気いっぱいに踊り出した。

客席のあちらこちらから上がる、「可愛い……!」という感嘆の声。
次第に広がっていく、手拍子。

そんな中で、舞台下の井上は。
振り付けの手本になったり、フォーメーションチェンジを指示したり。
時折こちらに向く横顔は、子供達に負けず劣らず楽しそうで。

きらきら、きらきら………と。
誰より何より、輝いて見えて………。





愛しさはそのまま、に。
ふと、感じるのは……一抹の淋しさ。

何だか……置いていかれたようで………。







思わず強く、頭をひと振りした。
心に浮かんでしまった弱気を、払い退けるように。

それから真っ直ぐに、視線をあげて。
瞳に、彼女の後ろ姿を映して……改めて、心の中で密かに誓う。



いつか、追いつく………と。
そして…その笑顔を、一生かけて護り抜く……と。







(もう少しだけ、待っていて………)










園児達の、演技が終わって。
舞台の後ろ側で、迎えに来た保護者達にそれぞれの子供を引き渡して。
手を振りながら、いつまでも見送っている……その後ろ姿に、そっと静かに声をかけた。


「………井上?」


ぴくり………と跳ねる、細い肩。
長い髪を翻して、俺を振り返った……その薄茶の瞳は、転げ落ちそうなくらいに見開かれていた。


「よう」
「……………何、で?」

どうして………と。
掠れた声で呟く彼女の瞳が、次第に揺らいでいく。

彼女までの距離を、ゆっくりと歩を進めて詰めていって。
至近距離で向かい合うと、俺は悪擬っぽく口の端を釣り上げた。

「もうすぐハロウィン、だからな」
「……………え?」

戸惑って、瞬きを繰り返す井上。

その頭に、手を伸ばして。
幼い子供にするように、くしゃりと髪を軽く掴むようにして撫でて。
瞳の奥をのぞきこむようにして。
そして、尋ねた。



「……………悪戯、成功?」



もう一度、大きく目を見開いて。
次に泣き笑いの表情を浮かべながら、井上はこっくりと肯いた。





「大成功、だよ………!!!」
















【意地っ張り胡桃姫に
 ジャックの弟子より、愛を込めて……】









 

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