捧げもの

□冬恋詩〜ふゆのこいうた
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買い物に出かけていた妹達が、帰宅するなりノックもせずに俺の部屋に飛び込んできて。
井上が正月の三が日、町内の神社で巫女のアルバイトをする事になったようだ………と。
酷く興奮した様子で報告してきたのは、十二月の初旬の事だった。
帰り道で、丁度採用面接を受けたばかりの井上と行きあったらしい。


「……と、言う訳で。来年の初詣も、我が家は例年通り○○神社に行くことにしまーすっ!」
「しまーすっ!」

そう、高らかに宣言する双子の妹達。
俺は慌てて、待ったをかけた。

「来年の初詣は俺の大学合格祈願を兼ねて、家族皆で湯島に行くんじゃなかったのかよ?!」
「だぁってぇ……織姫ちゃんの巫女姿、見たいしぃ………」

ぷうっと頬を膨らませながら、上目遣いに俺を見る遊子。
そんな彼女に、俺が何かを言いかけるよりも早く。

「いーじゃん、一兄!」

にかっ………と。
実に人の悪い笑顔を浮かべながら、夏梨が俺と遊子の間に割って入ってきた。

「初対面の湯島の天神様よりも、地元の、古くから馴染みのある神様の…それも、姫ちゃんから手渡しで貰うお守りの方が、絶対に御利益あるって!」

そんな妹の言葉、に。
ついつい反射的に、お守りを差し出す巫女姿の井上を、脳裏に思い浮かべてしまう俺。

純白の短着に、朱の袴。
その聖なる装束は、確かに彼女に良く似合うように思われた。


「……一兄、鼻の下のびてる」
「んなことねぇよっ!!!」

邪な想像を誤魔化すように、一喝して。
俺は些か大仰にため息を吐きながら、ぎしり…と音を立てて椅子の背にもたれ掛かった。

「お兄ちゃん……?」

不安そうに、俺の顔色を伺う遊子。
軽く、肩を竦めてみせながら。

「まぁ、な。お参りを近所で済ませられるなら、その分浮いた時間を勉強に充てられるしな」

そういう言い方で、承諾の意を伝える俺。
途端に瞳を輝かせた遊子と夏梨は、「やったぁーっ!!」と歓声をあげつつ、俺の目の前でハイタッチをして抱き合った。

「どうしても天神様にお参りしたければ、境内に確か小さな祠があった筈だから、そこに賽銭投げときゃいいって!!!」
「……………あのなぁ…」

夏梨の言葉に、憮然としてみせながらも。
心の片隅…どこか明るく浮き立つような気持ちが芽生えるのを、俺は自覚していた。







翌日の学校でも、その話題で持ちきりで。
興奮に鼻の穴を膨らませた啓吾が、「俺たちも、井上さんの巫女姿を拝みに行こうぜ!」と誘ってきた。

「なあ……三が日中、何時なら都合が良い?」

そう、問われて。
俺が啓吾に返した言葉は「二日」。

元旦と答えなかったのは、これで二日続けて神社に通える……という計算が、とっさ働いたからで。
そんな自身の思考回路に、自分で呆然とする。

早速、井上へと報告しに行く啓吾の後ろ姿をぼんやりと見送って。
俺はひそりと、小さく息を吐き出した。




………何時の頃から、だろう。
彼女に、『仲間』以上の想いを寄せるようになったのは。





最初は、ちょっと変わった奴……くらいにしか、思っていなかった筈なのに。
気がつけば、彼女はいつだって傍に居てくれて。
俺を支え、励まし、護ろうとしてくれる……その心の強さと優しさに、どうしようもなく惹かれるようになっていた。

だけど………。

敵対する相手にさえ慈愛の心を失わない彼女にとって、俺が。
俺だけが、特別の存在かもしれない………なんて。
自惚れることは、とてもとても難しくて。


「何で、巫女のバイトしようなんて思ったの?」
「うん……あのね?
沢山の人たちの、幸せを祈る気持ちに寄り添って過ごすお正月……だなんて、何だかとっても素敵だなぁって思ったの」


………ああ、ほら。今だって、そうだ。
こんなにも綺麗な、彼女の心に。
その、鮮やかな微笑みに。
俺は眩しく目を細め、気後れし、ただ立ち竦む事しかできなくて……。

彼女との距離を縮める為の一歩を、どうしても踏み出せないまま。
高校生活も、気づけば既に残り100日を切ってしまっていたんだ。



卒業式までには………と。
自分の中で漠然と、目標と期限を決めてはいたけれど。





「あの…黒崎君……浅野君達と一緒に、お参りに来てくれるって………その…本当?」

ブレザーの裾をいじりながら、上目遣いに俺の顔をのぞき込んでくる井上。
その仕草は、反則技だ……と。
内心で大汗をかきながら、精一杯平静を装って肯き返す。
頑張れよ……と肩を叩けば、彼女はその細い首をこっくりと前に振って。
にぱっと笑いながら、小さくガッツポーズをしてみせた。

思わず吹き出してしまった俺に、綺麗な微笑みをひとつ返して。
竜貴達の方へと踵を返す、井上。

離れていく後ろ姿を見送りながら、俺はぎゅっと拳を握った。
細くて華奢な、彼女の肩。
その感触を、忘れまいとでもするかのように………。
















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