賜りもの

□未来予想図
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そこに未来を見るなんて、物語の中だけの話だと思っていた。


《未来予想図》


「あれ?一護、かえらないの?」

文化祭も一通り回り、後は後夜祭を残すのみとなった。
教室には、俺と水色と啓吾しかいない。
その水色と啓吾も、せかせかと帰り支度を始めていた。

「つーか、オマエらは帰るんだな。」
水色はともかく、お祭り好きな啓吾は後夜祭まで残るだろうと踏んでいた俺は、意外に思ってそう言った。

「実は、この後予約があってさ。お姉さま方とデートなんだ。」
「そう!そして僕ちゃんもそこに便乗させていただくのだ〜!」

ハイテンションでその場をくるくると回る啓吾。
成る程、それなら後夜祭も霞んで見える訳だ…と納得する。

「逆に、一護が後夜祭まで残る方が意外だけど?」
「ああ、後夜祭のステージで、チャドのバンドが演奏するんだよな。せっかくだし、見てもいいかなって…。」

そう言いながら、何となく視線は斜め前の机に向く。
誰もいないそこは、井上の席。鞄は横にかかっているから、おそらく手芸部の片付けでもしているんだろう。

「一護、独りで寂しくない?俺達と一緒にお姉さまと楽しいひとときを過ごそうぜ〜?」
「いや、いいから。」

興味のない話はすっぱりと切り捨てる俺に、水色がにっこりと笑う。

「別に、一護が後夜祭で一人とは限らないよね?…一緒に見る相手、目星もついてるんでしょ?」
「な…っ!」

咄嗟に上手い誤魔化しなど出来る訳もなく、視線を慌てて井上の机から反らす俺。
水色は啓吾に聞こえないよう、俺の耳にこそっと小声で話した。

「…もし、後夜祭が二人で見れたんならさ、例のストラップを明日ケータイに付けてきてよ。」
「…な、水色、そこまで見てたのか?!」

動転する俺に、水色は全てお見通しだと言わんばかりの極上の笑顔を見せる。

「じゃあ、僕らはもう行くね。頑張ってね、一護。」
「よく分からないけど、じゃあな、いっちご〜!」

どこまでも鋭い水色とどこまでも鈍い啓吾が連れだって教室を出ていく。
俺は平静を装って軽く手を上げ、二人を見送った。

一人になった教室で、ポケットにそっと手を入れる。
小さな紙袋が、かさりと音を立ててその存在を知らせた。
昼過ぎに行った手芸部の教室で買った、井上手作りの3つのストラップ。

午前中に何度かちらりと遠目から覗いた手芸部の教室には、井上の姿はなくて。
せっかく約束をしたんだし、ちゃんと井上のいるときに顔を出そうと思って、午後にも足を運んでやっと彼女に会えた。

彼女は受付の係で、手芸部お手製のアクセサリーやらストラップやらを売っていて。
せっかくならと、井上の作ったストラップを選んで3つ買った。

1つは、遊子に。
1つは、夏梨に。
そして、あと1つは…俺自身に。

何となく、縁起を担ぐような気持ちで。
あと少し、井上との距離が縮むように…と願いをかけて。

多分、嫌われてはいないと思う。
けれど、誰にでも優しい、それこそヒトでないものにまで優しくするような井上だから。
花のような、無邪気な笑顔を誰にでも見せる井上だから。

…俺だけが「特別」だなんて自惚れられるほど、自信家にはなれず。

結果、いわゆる「友達以上恋人未満」のポジションに落ち着いてしまっている…気がする。

わかってはいるんだ。
俺が一歩を踏み出さなければ、何も変わらないってこと。

けれど、未だにきっかけが掴めずにずるずると今の関係を続けている訳で…。

つーか、そもそも世間一般の男共は何に背中を押されて、告白とかするんだろう。

思わずこぼれる、深い溜め息。
俺は重い足取りで教室を出た。




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