風の記憶

□序
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世界は初め すべてがどろどろに 混ざりあっておりました 
それはまるで うずをまく 泥水のような ありさまだったそうです

その うずの中心から ある日とつぜん 大きな光のかたまりが 飛び出しました
あんまりにも勢いがよすぎたので たくさんの光のつぶが 大おおきいものから 小さいものまで あちらこちらに 飛び散りました

飛び出した 光のかたまりは 天高くのぼっていき 今 私たちが 太陽と呼んでいるものに なりました
そして 飛び散った 光のつぶのうち 大きなものは 月に 小さなものは 星となって 世界を照らすようになりました

太陽によって 一日のうちの半分が 日の光で あたためられるようになった せいでしょうか  
やがて 泥水のようだった 世界は しだいに きれいな水と かたい土のかたまりへと 分かれていきました

こうして 海と 陸が 出来上がったのです

そして 陸で一番高い 山のてっぺんからは 男の神様が 海の底から立ちのぼった 泡のなかからは 女の神様が お生まれに なりました
二人のかみさまは たがいに手を取りあい 仲良く力をあわせて たくさんの 命あるものたちを おつくりになりました

やがて 大地は 草木の緑で 鮮やかにおおわれ たくさんの獣や 鳥や 虫たちが 地を駆け回り 空を飛び交うように なりました
海もまた 色とりどりの珊瑚や 海草で 美しく飾られ その間を 魚たちが うろこを光らせながら 泳ぎまわるように なりました

たくさんの命が 豊かにあふれるようになった この世界で さいごにつくられたのは 人間でした

人間は 大地の神様と 海の女神様の娘である 姫神様に 姿をにせて つくられていました
そのこともあってか 姫紙様は 生きるとし生けるものたちのなかでも とりわけ 人間を愛し いつくしんでくださいました

姫神様は 父神様や母神様のように 新しい命を生み出すことは お出来になりませんでしたが 風をあやつることが たいそうお上手でありました
雨雲を呼び あるいは払らい 野菜や果物に 豊かな実りをもたらし 夏のあつさにあえぐ日には 涼やかな風を 世界のすみずみにまで とどけてくださるのです

さらに姫神様には 先のことを見とおす力が おありでした
風のなかに紛れ込んだ 悪しきものごとのきざしを 決してお見のがしにならず それが大きな災いとなって世界にふりかかることのないよう 人々にお告げを さずけてくださったのです

そんな姫神様のご様子に 父神様と母神様は ご安心なさったのでしょう
姫神様に この世界をお任せになることを決め それまでの働きのお疲れをいやすために それぞれ 長い眠りに就かれました

姫神様は お役目をほこりに思いつつも とてもさびしく かなしいお気持ちになりました
人々は そんな姫神様をおなぐさめするため また これまでの感謝の気持ちをお伝えするために 世界の中心に お社を建てることにしました
まっしろい壁に 水晶の窓がはめ込まれた その美しいお社を 姫神様はたいそうお気に召され ご自分のお住まいとなさいました
そして それまでと同じように 世界を護り 人々を導きつづけました

姫神様は お力を使われるとき以外は 人と変わらぬ暮らしをおくることを 好まれました
お社に子供たちを集めては 畑仕事で忙しい大人たちの代わりに 遊び相手になってさしあげたり お社の庭で 薬草をお育てになったり 群からはぐれたけものの仔や 巣から落ちた鳥のひなを 手当てなさったり…… 
そんな姫神様を 人々はいっそう強く深くお慕いようになり いつしか姫神さまを 親しみを込めて 翡翠姫とお呼びするようになりました
姫神様の笑顔は まるで 冬に終わりをつげ 色を失っていた世界を 萌える若葉で翡翠色に変えていく 春風のように 人々の心に 希望と安らぎを お与えくださるものだったからです      

ところで 姫神様がお社に入られてからは 常にそのかたわらに 護衛の騎士様が 影のように付きしたがうようになりました
騎士様は 人間たちのなかでも 最も武術にすぐれ 心根が大変まっすぐであることから ぜひそのお役目にと 選ばれた方です
騎士様もまた 人々の期待にたがわず あらゆる災いから 姫神様をお護りなさいました
その身を包む黒い鎧は 騎士様の手で 常に怠われることなく手入れがされ 日の光があたると きらきらと輝きを放ったものでした
その様子を見て いつしか人々は騎士様を 闇を打ち砕く力を持つと言われる 宝石の名にちなみ 黒曜の君と 呼ぶようになりました

姫神様と風のご加護 そして 騎士様の働きによって 世界は長い間 豊かで平和で幸福でありつづけました










ところが……  




 




 
  











   



    


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