四月になれば彼女は

□第二章 織姫
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どうしてこんな事になっちゃったの…………。



脳裏に浮かぶのは、そればかり。






10時までに、ホテル内の美容室に行くように言われていた。
入り口で名乗ると、応対してくれていた美容師さんが、にっこり笑って言った。

「この度はおめでとうございます」
「…………はぁ、どうも」

もしも私が察しが良いタイプだったら、この時点でピンと来たのかもしれない。

でも…どちらかと言うとぼんやりな私は、違和感を感じながらも、そのまま促されるままに室内に上がり、案内された椅子へと腰掛けてしまった。

結い上げられていく、髪。
メイクされていく自分の顔を、鏡越しに他人事のように眺める。



早く、帰りたい……。



知らず、ため息を吐く。

ある程度髪と顔が整ったところで、振り袖を着付けられた。
上品な色合いと古典的な柄の着物は、とても綺麗で素敵だったけど……心は全然浮き立ってこない。
むしろ着物を着慣れないことから感じる窮屈さは、今日の日を回避できなかった悔しさと相まって、私を息苦しくさせるばかりだった。

「お顔の色が、少し優れませんね。緊張なさってるんですか?」
少し心配そうに話しかけてくる、美容師さん。

その次の言葉に、私は耳を疑った。

「ああでも本当に、なんてお綺麗で可愛らしくていらっしゃるのかしら!
こんな素敵なお嬢様とご婚約だなんて、お相手側はさぞかしご自慢で鼻が高くていらっしゃるでしょうねぇ」
「………………え?」

ゆっくりと、美容師さんを振り返る。

「婚…約………?」
「ええ。今日、結納なさるんでしょ?」
「結納………」

最初、何を言われているのか理解できず、オウム返しにつぶやいていた私は。
その単語の意味を把握した瞬間、愕然として目を見開いた。



一体、どういう事…………?!



そのとき。

「支度は進んでいて? 織姫さん」

ぎくり……として、声の主を振り返る。

「……沓名の伯母様…………」
艶やかに微笑むその人を前に、顔が強ばるのがわかった。
そして同時に、理解する。
この見合い話が来てからずっと、感じていた違和感の原因を。


この人が、仕組んだのだ………。


それで全て合点が行く。

「姉さんは仕事でぎりぎりになるそうよ。一人じゃ心細いかと思って、あたくしが付き添いに来てあげたわ」

に−ーーーっこり。

傍目には姪が可愛くて仕方がない、優しい伯母…という風に見えるであろう、その笑顔。
でも……私は、知っている。
その瞳の奥には、青く冷たい光がちらちらと揺れていることを……。




どうしよう………。





髪に簪を挿され、もう一度頬に紅をのせられながら、私はただ、膝の上の手をぎゅっと握り、唇を噛みしめることしか出来なかった。








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