小話
□log:バレンタインデー・ホワイトデー
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【16歳 バレンタイン】
(初出:2013年)
「黒崎君……あの、これ…良かったら………」
井上が、俺に小さな包みを差し出す。
頬を、薄紅色に染めて。
はにかんで、微笑みながら。
この表情を、俺は知ってる。
三年前。
俺が、心の底から見たいと願った笑顔。
それ、そのものだったから。
だけど………。
「あ、あのっ……これって別に、特別な意味じゃなくて…ね?
いつもお世話になってるお礼と言いますか、迷惑かけてるお詫びと言いますか………その…」
表情ひとつ変えない俺に焦ったのか、どもりながら言葉を付け足す井上。
次第に目線が下がり、ついには黙って俯いてしまった彼女の手から、俺はそっと包みを取り上げた。
弾かれたように顔を上げた井上に、ぎこちなく微笑んで。
ありがと、な?……と、短く礼の言葉を告げれば、彼女の顔に広がるのは満面の笑み。
眩しくて、光輝くような……まるで、そこに小さな太陽が生まれたかと思うほどの。
ずくり………と。
胸の奥、深く鋭い痛みが走る。
それじゃあ、また明日ね…と。
手を振りながら走り去る、井上の後ろ姿。
それを見送りながら、俺は固く拳を握った。
……本当、は。
全力で彼女を、追い駆けたかった。
手を、伸ばして。
腕の中に、その華奢な身体を抱きしめて。
好きだよ……と。
誰よりも、何よりも、お前が大切なんだ……と。
そう、耳元で告げたかった。
「……………井上…」
願ったものは、彼女の笑顔。
夢見たものは、その向かいに立つ資格。
一度はこの手に、掴みかけた筈なのに。
今の俺からは、永遠に失われてしまったもの。
「……………ち…く、しょう…っ」
夢は、夢のまま。
これまでも、これからも。
決して手に入らない、彼女との未来………。
終