小話

□log:バレンタインデー・ホワイトデー
3ページ/10ページ


【16歳 バレンタイン】
(初出:2013年)







「黒崎君……あの、これ…良かったら………」

井上が、俺に小さな包みを差し出す。
頬を、薄紅色に染めて。
はにかんで、微笑みながら。


この表情を、俺は知ってる。


三年前。
俺が、心の底から見たいと願った笑顔。
それ、そのものだったから。



だけど………。



「あ、あのっ……これって別に、特別な意味じゃなくて…ね?
いつもお世話になってるお礼と言いますか、迷惑かけてるお詫びと言いますか………その…」

表情ひとつ変えない俺に焦ったのか、どもりながら言葉を付け足す井上。
次第に目線が下がり、ついには黙って俯いてしまった彼女の手から、俺はそっと包みを取り上げた。

弾かれたように顔を上げた井上に、ぎこちなく微笑んで。
ありがと、な?……と、短く礼の言葉を告げれば、彼女の顔に広がるのは満面の笑み。
眩しくて、光輝くような……まるで、そこに小さな太陽が生まれたかと思うほどの。



ずくり………と。
胸の奥、深く鋭い痛みが走る。



それじゃあ、また明日ね…と。
手を振りながら走り去る、井上の後ろ姿。
それを見送りながら、俺は固く拳を握った。




……本当、は。
全力で彼女を、追い駆けたかった。

手を、伸ばして。
腕の中に、その華奢な身体を抱きしめて。

好きだよ……と。
誰よりも、何よりも、お前が大切なんだ……と。

そう、耳元で告げたかった。





「……………井上…」





願ったものは、彼女の笑顔。
夢見たものは、その向かいに立つ資格。

一度はこの手に、掴みかけた筈なのに。
今の俺からは、永遠に失われてしまったもの。



「……………ち…く、しょう…っ」







夢は、夢のまま。
これまでも、これからも。

決して手に入らない、彼女との未来………。












次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ