小話

□拍手御礼短文
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【妖精の遺伝子】





「……おーい、危ねぇぞぉー」
 
学校からの、帰り道。
公園に寄って行こうってことになって。

他愛のない会話をしながら、ぶらぶら園内を歩いてたら、突然井上が「よっ」とか言って、ブランコ前の柵の上に飛び乗って。

そのまま綱渡りのように、バランスとって柵の上を歩き始めたのだ。

俺の心配を余所に、井上は「だぁーいじょーぶだよぉー」なんてお気楽な声で返事をよこす。

「だって私ね、この間の体育の平均台の実技で、体操部の子の次に成績良かったんだよ!」

くるりとターンして、俺を見て。
「凄いでしょー?」と、笑ってポーズをとる。

「そりゃあ、確かに凄いと思うけど……」
小さく、溜息をついて。
「それならどうして、何ぁーんにもない平らなトコで、あんなにしょっちゅうコケまくる訳?」
「う………」

返事に詰まった井上は、悪戯を咎められた子供のような顔をして俺を見て。
小さな声で「いつも助けてもらってて、ゴメンナサイ」と呟いた後。
再び柵の上を歩き出しながら、言った。

「お兄ちゃんにはよく、『妖精の遺伝子』を持ってるからだろうって言われてた」
「妖精の…遺伝子……?」
「うん」

井上が、遠い目をして茜空を見上げる。

「私の遺伝子には、悪戯好きで空を飛ぶのが大好きな、妖精だった頃の記憶が残っているんだろう……って。
地面を普通に歩くのが下手なくせに、こういうこと得意なのは、きっとその所為だよ……って」

くすり…と、小さく彼女は笑って。

「お兄ちゃんて結構、ロマンチストだったんだなぁ……」

黙って聞いていた俺の目の前で。
丁度、柵の端まで来ていた井上が、たんっと踏み切って身体を宙に躍らせる。

ふわりと舞い上がる、胡桃色の髪。
背中に長めに垂らしていた白いマフラーの端が、ワンテンポ遅れてその後に続く。

それを見た、瞬間。

そのマフラーが…なんとなく羽根のように見えて。
そのまま、ここから井上が空へと飛び立ってしまいそうな錯覚を起こして。

綺麗に着地を決めた井上の、その華奢な身体を。
俺は思わず、後ろから抱きすくめていた。

「く、くろさき……くん?」
「……………く、な」
「え?」
「……何処にも、行くな」

戸惑う井上の耳元で。
俺は声を絞り出す。

「躓いたら、抱きとめてやる。
ふらついたら、支えてやる。
転んだら、起こしてやる。
だから……此処に…俺の隣に、居ろよ。
もう二度と、一人で黙って、消えたりするなよ………」



ある朝目覚めたら、忽然と霊圧が消え失せているなんて。
あんな、絶望の縁に叩き込まれるような思いは、もう御免だ……。



「行かないよ、何処にも……」
そっと、井上が俺の手に自分の手を重ねる。

「ずっとずっと、側に居るよ………」


少しだけ、腕を緩める。
腕の中で顔だけ俺を振り返った井上が、ふわりと微笑む。

慈しむような優しい眼差しで見上げてくる、その綺麗な瞳に吸い寄せられるように、そっと唇を重ねる。



『ずっと、側にいるよ』

その言葉の、証を求めるように………。








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